姫川のほとりで迎える静かな朝。眠い目をこすりつつ窓辺へと向かえば、ガラスの先に広がる幽玄の世界。まだ明けきらぬ谷には霧が立ち込め、視界の全てを滲ませる幻想的な青白さ。
少々早く目が覚めても、眠くなったら昼寝をすればいい。そんな気持ちの余裕も、連泊だからこその贅沢。時刻は6時を回ったばかり、ひとり静かに味わう朝湯。独特な風情に包まれた大岩風呂で、潮の香り漂う湯とただひたすらに対峙するのみ。
早起きは三文の徳とはよく言ったもの。穏やかな朝の湯浴みに揺蕩い、布団でだらりと過ごしようやく朝ごはん。数年前までは早めに目が覚めても二度寝していましたが、最近はせっかくだから起きてしまおうと思うように。これって心境の変化なのか、それともただ年取っただけなのか。
とはいえ、朝の時間をゆったりと過ごせると体にも心にもゆとりが生まれるもの。すっかり目が覚めお腹も空っぽになったところで、朝食会場へと向かいます。
食卓に並ぶ、王道の和朝食。がんもとちくわの煮物やひじきは、手作りの穏やかさを感じさせる上品で優しい味わい。ししゃもや目玉焼きもご飯のお供として間違いのないおいしさで、案の定おひつのご飯を全て平らげてしまいます。
パンパンになったお腹をごろ寝で落ち着け、気が向いたら再びお風呂へ。地中を思わせる大岩風呂に、開放感抜群の天望露天風呂。好対照をなすこの2つの湯めぐり、堪りません。
昨日から降り続いていた雨は夜には雪に変わり、木々には美しい雪化粧が。風に吹かれ揺らめく湯けむり、その合間から覗く白銀の山並み。この季節でしか味わえぬ鮮烈なモノクロームに、時が経つのも忘れ心酔してしまう。
穏やか。どこまでも、穏やか。朝から天と地の湯を味わい畳に転がる、甘美な怠惰。のんべんだらりと贅沢な時間に身を任せていると、急に陽が射し眩いほどの青空が。白黒の世界に、一気に色彩を与える太陽。空の青さに輝く白銀に、心に溜まったあれやこれまでもが漂白されるよう。
窓から溢れる清らかな煌めきに、だんだんと自分の中に満ちてゆく清々しさ。心もすっかり軽くなったところで、午前最後のお湯を愉しむため天然大岩風呂へ。
肌になじむ湯の感触、耳に届く湯滝の轟き。鼻をくすぐる湯の香を胸いっぱい吸い込み、空っぽになった心身に姫川の温もりを心ゆくまで取り込みます。
地球の一部に抱かれつつ味わう、特別な湯浴み。湯屋にせり出す岩盤は脱衣所にまで達し、この湯屋の野性味というものを一層味わい深いものにしてくれるよう。
よく温まる姫川の湯、そして心を打つ浴場の独特な世界観。それらの火照りを心地よく癒してくれる、肌に伝わる畳の感触。あぁ、気持ちいいな。そんな湯上りの至福に浸っていると、鉄橋をゴトゴトと渡りゆく大糸線。障子に切り取られたその情景は、まるでジオラマのような凝縮感。
湯上りに自室に居ながらにして鉄分を補給し、お腹も空いたところでお昼を食べに出ることに。朝食時に女将さんに教えてもらった、お隣の食堂へとお邪魔します。
それにしてもここ、未だにお店の名前がわからないまま。暖簾どおり「食堂ラーメン」というわけもないだろうし、隣の日帰り温泉である瘡の湯の食堂なのだろうか。
そんなどうでもいいことは置いておいて、缶ビール片手に待つことしばしネギラーメンが到着。たっぷりと載せられた青ねぎには熱い油が掛けられ、加熱された部分からはいい香りが漂います。
まずはスープをひと口。これがまあなんとも穏やか。ほんのり動物の油も感じるスープなのですが、尖った部分やクセもなく優しい口当たり。しょう油だれも濃すぎず薄すぎずの塩梅で、沁み入るような穏やかな味わい。
麺は細身の白肌つるもちの食感で、スープと絡みこれまたじんわりとした優しいおいしさ。余熱で火の通った青ねぎは甘さが引き立ちつつ辛味や香りも適度に残り、全体的に優しい雰囲気の中でいいアクセントに。
いやぁ、旨かった。これまで食べたことのない感覚のおいしさに、大満足でお店を後にします。外は相変わらず眩いばかりの晴れ模様。うららかな陽射しに誘われ、食後のさんぽへと繰り出します。
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