ほろ酔いの上機嫌で雪山を眺めつつ待つことしばし、目的の宿へと僕を連れて行ってくれる路線バスが到着。越後湯沢駅前から、『南越後観光バス』の浅貝行きに乗車。有名な苗場方面へ向かうバスです。
バスは三国峠を目指す国道17号線をひたすら登り続けます。道幅は広いものの、急勾配とカーブの連続するその線形からは、昔からの交通の難所であることを思わせます。
そして気が付けば、目線は周囲の山々と同じ高さに。上州と越後を結ぶ唯一の一般道である、国道17号線。今でもトラックが多く走るその姿から、背負った使命がひしひしと感じられます。
バスに揺られること約20分、貝掛温泉バス停に到着。事前にお宿へ送迎のお願いをしていたので、すでに迎えにきてくれていました。
バス停から送迎車に乗り換え5分足らず、ついに目的の『貝掛温泉』に到着。到着後すぐにチェックインしたので、建物の外観は撮れませんでした。
今回は、ひとり旅用のトイレ無し部屋のプランを予約しましたが、お宿のご厚意により、良いお部屋を用意して頂きました。
先ほどの部屋の写真が暗く写っていますが、何故かと言えば、外はこんなに銀世界だから♪
もう3月半ば、でもこの地では、まだ3月半ば。期待以上に残る雪に、一気にテンションは最高潮に。部屋に居ながらにして残雪を愛でることができる。
更には、下の池には色とりどりの新潟名産、錦鯉たち。元気に泳ぐ豊かな色彩に、初めて鯉を美しいと感じました。そしてこの池、温泉が流されています。掛け流しの貝掛温泉で泳ぐ鯉、贅沢すぎでしょう。羨ましい限り。
雪見風呂の衝動に急かされ、いそいそと浴衣に着替えて部屋を出ます。建物内はきれいに改装されていますが、この建物は明治2年築のものだそう。廊下にはその歴史を漂わせる、木の温もりが溢れています。
今回は1階の宿泊だったため階段は使いませんでしたが、この渋さはこの建物の齢そのもの。そして階段の下には、お薬師様が祀られています。昔から貝掛の地で祀られていたそうで、眼病の治癒を願う湯治客を見守ってきました。
そしていよいよ、待望のお風呂へ。男女入れ替え制なので、宿泊すればどちらのお風呂も愉しむことができます。ワクワクしつつ、暖簾をくぐり左側の男湯へと進みます。
脱衣所から大浴場へ。築年数はそれほどではなさそうですが、すでにとても渋く良い雰囲気に包まれた湯屋。土壁と木の柱の組み合わせが、視覚からも秘湯へ来たという満足感を与えてくれます。
早く湯に浸かりたい気持ちを抑え、その先にある露天風呂へ。貝掛温泉といえば、のイメージ通り、いや、それ以上の雪見露天が眼前に現れ、もう居てもたってもいられません。
どうしよう、ここに連泊するなんて。どうしよう、堪らなく嬉しい。
早速待望の初貝掛温泉に入湯。ここのお湯は37℃位のぬる湯のため、まだまだ雪の残るこの時期には厳しいかな?と思われました。
ところが、そんなことは全くありません。肩まで浸かると、熱くも冷たくも無い、何とも言えぬ感覚に全身が包まれます。3月半ばだからなのかもしれませんが、この時期ならば全く問題の無いぬるさ。
ぬる湯といえば、同じ新潟県の栃尾又温泉にも泊まったことがありますが、そことはまた違った浴感に驚き。本当に不感温浴という言葉そのもの。
熱くも無く、寒くも無く。じっとしていると、温度を感じさせない何かに包まれているよう。お湯ではない何かの中で、浮遊しているかのよう。
背後からは、湯小屋の中から溢れ続ける清らかな源泉が、勢いよく流れ込みます。ここのお湯は、本当に清らかという言葉がぴったり。体に全く刺激が無いのです。その優しさが透明な源泉に顕れているよう。
そして、貝掛温泉といえば、眼の湯治。日本三大眼の湯と言われるこのお湯は、昔には目薬として販売されていたそう。お湯の成分は、現在販売されている目薬に近いらしく、まさに天然の目薬そのもの。このお湯で眼を洗うと、眼病やドライアイに効果があるらしい。
ということで、恐る恐る洗眼を試してみることに。僕は顔が水で濡れるのが小さい頃から嫌い。というより、水中で眼を開けたり、眼を洗ったりするのが怖いのです。それでも、意を決して源泉をすくい、手中で眼をパチパチ。
不思議なことに、このお湯だと全く、本当に全く目が沁みないのです。そのこと自体に驚きつつ、眼をパチパチ洗い続けると、眼の奥がすっきりと軽くなったような感覚が。
そりゃぁお前、気のせいだよ、プラシーボ効果だよ。と言われそうですが、実際そう感じるのだから仕方がありません。確かに、1回洗眼しただけで効能があるはずもないのですが、普段目薬も点さず、眼を洗うという経験をしない僕にとって、眼を洗うことの気持ち良さを初めて知りました。
初めての貝掛のお湯。その温度や浴感、そして洗眼の気持ち良さに圧倒されっぱなし。ぬる湯なので逆上せることも無く、いつまででも入っていられそう。
でも焦らない、焦らない。これから二泊を通してのんびり愉しんでいけばいい。連泊のこの心の余裕を知ってしまうと、取り返しのつかないことになってしまう。僕はもう、ダメな人間になってしまいました。
貝掛のお湯はぬるいので、適温に加温された浴槽がきちんと併設されています。仕上げにそこで体をさっと温め、湯上りの心地よさを連れて部屋へと戻ります。
そして湯上りのお楽しみといえば、やはりこの瞬間。銀世界を眺めながら飲むビールは、東京で飲むものとは比較にならないほど旨い。文句なしの幸せ。
これからのんびり、残雪と眼の湯に浸れる。時間に追われず、ただ本を読み、湯に浸かり、食べて、飲むだけ。そのことがどれだけ贅沢な事か。雪明かりに包まれる部屋で過ごす夕刻前の時間が、途方もなく幸せに思える。
こんな旅ができるようになって良かった。ベタだけれど、命の洗濯。清らかな温泉と純白の雪に、眼と心の塵が洗い流されてゆく感覚に早くも包まれるのでした。
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