6月下旬、静まり返った朝の羽田空港。こんなに人気の少ない羽田など、生まれて初めて目にした光景。
本来は、あるかもしれない人事異動に備えて選んだこの時期。1月に予約した恒例の八重山旅も、直前までどうなるかと状況を見極めてきた。そして迎えた、この瞬間。石垣が、八重山が「来ていいよ」と、呼んでいる。
後から思えば、針の穴を通すほどの絶妙なタイミングだった。そこで僕が見た光景は、5度目にして過去最高タイとも思える、鮮烈な青さ。八重山ブルーを、独り占め。決して大げさではなく、地上の楽園がそこには確かにあった。
自分の生活に染みついてしまった陰鬱な空気とは一変、静かながら乗客の放つ活気ある空気が満ちた777に揺られること2時間半。1年ぶりとなる那覇空港へと降り立ちます。
奇しくも沖縄は梅雨明けしたばかり。ロビーの大きな窓には青さが溢れ、この清々しく瑞々しい陽射しを感じられただけで心は早くも夏模様。
目を灼く陽射しに居てもたってもいられず、一目散に展望デッキへ。ドアを抜ければ、全身を包む南国の熱気。もうこの瞬間、僕の南国属性が再起動。眠っていたあの感覚が、1年ぶりに目を覚まします。
頭に感じる力に、思わず目を細め見上げる空。文字通りの抜けるような青さの中心に、ギラギラと力を漲らせる全力の太陽。こんなに包み隠さないストレートな陽射しを感じられたのは、もしかしたら初めて沖縄に来たとき以来かもしれない。
飛行機は減便中、乗り継ぎ時間に余裕があったので那覇空港内で早めの昼食をとることに。開いているいくつかのお店の中から、豊富なメニュー看板と古民家を模した店構えが印象的な『琉球村』へとお邪魔します。
この時は、4か月ぶりとなるプライベートでのきちんとした外出。生まれ故郷であり現住所でもある東京、いろいろと言われているし、どう思われるんだろう・・・。と若干の緊張をこの旅初のオリオンで緩和しつつ待つことしばし、注文した琉球そばとジューシーが運ばれてきます。
まずは人生2度目となる、沖縄本島のそばを。まず目を引くのが、白い麺。去年訪れた首里そばもそうでしたが、沖縄そばといってイメージする黄色っぽい麺ばかりではないということを再確認。
その白肌の麺をつるっと。平たい麺は適度に歯ごたえがあり、噛むと感じる骨太の食感と小麦の風味。うどんでも中華麺でもない独特の味わいに、思わずにんまりしてしまいます。
スープはかつおと豚の旨味を凝縮したしっかり目の味わい。かといって濃すぎるわけではなく、素朴な麺に丁度良い塩梅でだしの旨味と香りを添えてくれる濃さ。ひと口飲むごとに、お腹と心にじんわりと沁みわたります。
続いては、沖縄本島初ジューシー。豚の旨味と脂をお米の一粒ひと粒がまとい、コク深い豊かな味わい。ですが、八重山で食べるジューシーより、何となく軽く食べられるといった印象。味はしっかりしているのに、ふんわりサラッと。話しには聞いていましたが、本島と八重山とでは味の傾向に違いがありそうです。
おいしいそばだしとジューシーの往復に、もうすっかりお腹も心も沖縄で満たされます。そして何より、普通に食事ができて良かった。自意識過剰と言われればそれまでですが、何となく、都民というだけで負い目を感じ続けているのも事実。
来るまでは、いや、来てからも、本当に良かったのか?と内心自問自答。でもお店の方の普通の対応にほっと一安心し、短い那覇滞在を終え八重山へとテイクオフ。増してゆく高度と比例するかのように、視界を占める青の領域が急速に広がります。
小さな737機は器用に姿勢を操り、一路石垣を目指して急旋回。眼下にはこの世の青さの全てを集めたかのようなグラデーションが広がり、毎度のことながらこの色彩を確かめられただけでもここまで来た甲斐があったと思えるほど。
機窓を染める、穢れのないあお。海も青ければ、空も蒼い。こんなに清々しい青さを感じたのは、やはり4年前に初めて訪れたとき以来かもしれない。梅雨が明けたばかりの無垢な青空に、心にこびりついた何かまで漂白されてゆくかのよう。
本島から青空を蹴ること400㎞、高度を上げたかと思えばあっという間に下降を始めます。そう、それは、あの宝のような島へと降り立つ合図。今か今かとそのときを待ちわびていると、眼下には石垣島の最北端が姿を現します。
一瞬にして甦る、4年前の鮮烈な感動。あの瞬間、僕の人生が明らかに変化した。そう思わせるほどの強烈な記憶にも負けない美しさが、今眼前にあるというこの上ない幸せ。
飛行機はエンジンの出力を弱め、ふらりふらりと着陸態勢に。あぁ、この瞬間がいつまでも続いてほしい。いやいや、一刻も早くこの地に立ちたい。そんな無意味な葛藤さえ覚えさせるほど、見ていたい眼に焼きつけたい鮮烈な色彩。
一点を定めた飛行機は、意を決したように地上へと急接近。急速に近づく珊瑚礁の色合いに、この日この場所へ無事に来ることができたという実感と幸せを噛みしめます。
毎年当たり前のように来られている、沖縄八重山。今思い返せば、予約した時期が前後していたら来ることは叶わなかった。今年の尋常ではない空気と共に、優しくかつ強烈に僕を迎えてくれたこの青さを、決して忘れることはないでしょう。
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