再びシャトルバスに乗車し、角館の象徴である武家屋敷通りへとやってきました。重厚な黒塀と立派な枝垂桜が出迎えてくれる、秋田の小京都。うっすらと街並みを濡らす雨が、その雰囲気をより一層しっとりとしたものにしています。
それにしても、本当に立派な枝垂桜。角館は桜でも有名な街で、春にはそれは美しい桜で街が包まれるそう。どっしりとした武家屋敷と可憐な桜の対比、次回は是非春に来てこれを見なければなりません。
白壁の映える土蔵に、歴史が滲むような茅葺と塀。今にも門からお武家さんが出てきそうな、時代劇の中にいるかのような世界。
この一帯にはこのようは武家屋敷がたくさん残っており、それらが建ち並ぶ姿は圧巻。戦火をも潜り抜け、平成の世までこれだけの武家屋敷が残っていることは、奇跡としか言えません。
モノトーンの街並みに華を添える、赤い郵便ポスト。街が桜色に染まる春もきっと良いに決まっていますが、どことなく切ない空気を漂わせる秋も良い。
秋は何故か日本人の郷愁を誘う、不思議な季節。この街並みをしっとりと感じるには、いい季節なのかもしれません。
建ち並ぶ武家屋敷のいくつかは一般公開されており、それらに立ち寄りながら進んでいくこととします。
最初にお邪魔したのが、岩橋家。角館の中級武士の典型的な間取りを残す建物だそう。中級といっても、この門構え。お侍の身分の高さが窺えます。
立派な木々に囲まれるようにして、ひっそりと佇む屋敷。豪農や商家など、古い日本家屋を見る機会はありましたが、武家屋敷はそれとは違う雰囲気。侍、という言葉のイメージ通りの、背筋が伸びるような凛とした空気が漂います。
これぞ日本家屋、という木と紙で作られた建物。中からうっすらと漏れる温かい明かりを見ていると、まるでこれが実物大のジオラマであるかのような錯覚を起こします。
古いお寺や神社など、同じく歴史ある建築には無い、あまりにもリアルな生活感が、逆に現実感を遠ざけるのです。ここに佇んでいると、どこか違う世界に吸い込まれて行きそうな、そんな不思議な感覚に襲われます。
窓から中を覗けば、より一層当時の生活が偲ばれる空間が広がっています。奥から和服の女性がやってきて、ここで煮炊きを始める。そんな映画のようなシーンが、ひとりでに脳内で流れ始めます。
このような保存建築は、柵の外から遠巻きに眺める経験ばかりだったので、これほどまでに接近し、手に取るように当時の様子に接すると、色々なことを想像して軽い眩暈すら感じてしまいます。それほど、当時の濃密な生活感が漂っているのです。
武家屋敷通りには、入館料の掛かるような立派で展示物のたくさんあるお屋敷もあります。ですが今回は、そのいつもの観光スタイルではなく、生の武家屋敷に触れてみたかったため、敢えて入館無料のお屋敷を選んでみました。
それが僕にとっては大正解。書簡や器などの解説を楽しむより、人の少ない静かな場所で昔の暮らしに思いを馳せてみる。そんな愉しみかたが、僕は好き。お城や博物館では味わえない、お侍の息遣いが詰まった本当の時代物が、ここにはあります。
お隣との境には、絵本から飛び出したような垣根が。江戸の昔には、この垣根越しに挨拶などをしていたのでしょうか。竹箒を持って落ち葉掃きをしながらお隣さんとご挨拶、そんな光景が目に浮かぶようです。
再び門をくぐり、お屋敷の外へと出ます。この武家屋敷通りは、道幅も当時のままだそう。目を瞑れば、刀を差して往来するお侍の姿が見えるかのよう。その場所に、今自分がこうして居ることが不思議でたまりません。
刀にちょんまげのお侍たちは、自分が歩いている道を自動車が通り、リュックにジーパン姿の日本人が歩く、そんなことを想像できたでしょうか。
隔世の感を禁じ得ませんが、江戸時代はそう遠い昔ではないはず。この建物たちは、激変する世の中を変わらぬ姿で見続けてきた、歴史の生き証人なのでしょう。
続いて河原田家にお邪魔します。こちらは明治時代にこの地に移転した武家だそうですが、建築自体は江戸時代のものを踏襲しているとのこと。立派な鷹が描かれた衝立が印象的です。
こちらのお屋敷には、苔むした静かなお庭が広がっています。同じ武家屋敷と言っても、全く趣が異なります。角館に一泊する余裕があるなら、それぞれのお屋敷を巡り、それぞれの良さを味わってみたいものです。
特に歴史好きでもなければ、時代劇好きでもない僕ですら、クラクラするような江戸時代が詰まった武家屋敷。角館の顔を満喫したあとは、角館の今の街並みを散策することとします。
途中には、こんな立派な洋館風の雑貨屋さんが。重厚な石造りと右書きの文字、貼られたポスターの全てが、その古さを物語っています。
直線と曲線から生み出される石造り特有の建築美は、有名どころと比べても遜色ありません。こんな建物が、角館の裏通りにポツンといきなり現れるのですから、その印象はより一層強いものとして心に残りました。
暮れ始めた角館の街を進み、『安藤醸造』へとやってきました。ここはしょう油や味噌と、それを使った漬物などの製品を売っているお店。
中に入ると歴史ある建物の中に、目移りするほどの製品が並んでおり、試食もたくさん用意されています。漬物を試食できるだけでなく、しょう油まで試せるというのが嬉しいところ。
しょう油は高いものでも自分にとって美味しいとは限らず、購入するにはちょっとした勇気と思い切りが必要。それを試せるのですから、安心してお土産として買って帰ることができます。
僕も様々なしょう油を試し、生醤油の小瓶を買って帰りました。封を開けると劣化してしまうので、これぞ!というお刺身を食べるときまで、冷蔵庫で静かに出番を待っています。
今からそのときが楽しみでしかたありません。濃厚なしょう油の香りと、ちょっと強めの塩分は、きっとお刺身をより美味しくしてくれるに違いありません。
安藤醸造で折り返し、駅方面へ戻ります。途中には懐かしい木の電信柱が。僕の本当に、本当に小さい頃には、実家の近くにもごく僅かに残っていた記憶があります。
電信柱に灯りがともる頃、防災無線から赤とんぼが流れ、家々の夕飯の匂いの漂う中家路を急いだ。そんな思い出が甦ります。
最近入ってくる新入社員やバイトさんは平成生まれ。ジェネレーションギャップも感じ始めたこの頃ですが、こうやってふと小さい頃のことを思い出すと、それもそのはずだと妙に納得してしまいます。
電電公社に専売公社、国鉄・・・。あぁ、昭和生まれでちょっと良かったかな、と最近思う瞬間があります。僕が平成生まれだったら、きっと昭和時代を見てみたくて仕方なかったはず。
昭和の終わりの少しだけといえども、アナログな時代がまだそこにはあって、それを実体験できたことは、僕にとってはかけがえの無い財産です。その体験があるからこそ、懐かしいものを見て懐かしいと思える、そんな旅の楽しみ方ができるのですから。
江戸時代から明治、大正、昭和を経て、ゆっくり現代へと戻ってきました。この旅最後の目的地であった角館も満喫し、こまち号で秋田駅を目指します。
翌朝には上野駅に降り立っているはず。その前に、最後の秋田を刻むべく、秋田の旨いもんと旨い酒を満喫することとします。
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