宿の送迎車で走ること約15分、青森と秋田の県境近くに位置する湯の沢温泉郷のひとつ、秋元温泉(廃業)に到着。山間の鄙びた宿です。
車の中まで漂う硫黄臭。これは期待に違わぬ濃厚なお湯が待っているに違いない。冷え切った身体を一刻も早く温めたく、はやる気持ちを抑えながらチェックインをします。
通されたのは二間続きの広いお部屋。これを一人で占領するのは申し訳ないくらい。この宿は旅館部と湯治部、2種類の部屋があり、旅館部には結構な人数が泊まっていました。
特にホームページも無く、ネット上でもあまり詳しい情報が得られないようなこの宿に、多くの人が泊まっていることに驚きました。それほど、ここのお湯に魅力があるということなのでしょう。
荷物を降ろして浴衣に着替え、一目散に大浴場へ。この大浴場は混浴となっており、衝立の手前が女湯、奥が男湯と仕切られています。
そもそも、僕がこの旅館を選んだのが、このお湯に対する興味から。訪れた方々のブログ等を見ると、皆口をそろえてその特徴的な匂いと成分の濃さについて語られています。
誰もがそこまで言うのだから間違いない。自分の身体を以って確かめてみたい!との思いに駆られてやってきたのでした。
扉を開けてまず驚くのが、やはりその特徴的な匂い。鼻の置くまでガツン!とアタックしてくるかのような強烈な匂いです。
なんとも形容しがたく、硫黄の中に様々な臭気が漂うような不思議な匂いで、決して芳しい硫黄の香と言えるような代物ではありません。
結果を言ってしまうと、「臭い」のひとこと。これは余程の温泉好きでなければ、大浴場に立ち入ることすらできないかもしれません。うぅん、評判通りの強烈さ。
全て木材で作られた床と浴槽には、濃い成分を物語るかのように析出物が付着し、入る前から期待感を煽られます。掛け湯をして入ってみると、ほんの少しだけ熱いかな?と感じましたが、じっとしていると熱さはすっかり気にならなくなります。
浴槽の底からは、自分の身体の動きに合わせて、卵スープのような大量の湯の花が舞い上がり、これまた成分の濃さを感じさせます。
こちらの温泉は、江戸時代の銀山開発の際に見つかったものだそうで、あまりの効能の高さから、当時の津軽の殿様が独り占めしたいがために、あんな温泉は効能なんか無いよ!と嘘を言っていたという、殿様の隠し湯なのだそう。
銀や硫黄が採掘されていただけあり、温泉に溶け出した成分の種類と量は類を見ない程の多さ。入ってみれば一目瞭然で、どんどん温泉が身体に浸透していくのが分かります。
それ程の濃いお湯ですから、長湯は禁物。というよりも、長湯なんてできません。ものすごい温まりかたをします。
湯口からドボドボと掛け流されるお湯を舐めてみると、渋苦しょっぱい不思議な味。胃腸に良いのだそうですが、飲むには相当な慣れが必要そう。
もうもうと立ち込める湯気に包まれ、じっとお湯に身を委ねる至福の瞬間。最初強烈と感じていた匂いも、いつしか気にならなくなっていました。
部屋に戻ると、すぐに夕食が運ばれてきました。岩魚の塩焼きやホヤ、すき焼き風鍋、和え物などが並ぶ、素朴で家庭的温かさのあるお膳。どれも宿の方の手作りなのか、なんだかホッとする、青森のおふくろの味がします。
好き嫌いの無い僕が珍しく苦手なホヤも、なぜかここのは食べられました。冷たいお出汁に浮くホヤは臭みが無く、今まで食べたことの無い感覚。鮮度の問題なのでしょうか。
御当地料理が豪勢に並ぶような旅館料理ももちろん大好きですが、こんな鄙びたいい風情をもつ温泉には、こんなお膳がぴったり。ひとり旅のひとりの夜を噛みしめることのできる、心温まる必要十分な夕食でした。
早めの夕飯を終え、部屋でまったり過ごします。テレビは設置されていましたが、何故かアンテナ線が途中で切れており映りません。そして、携帯はお約束の圏外。
こうなればとことんお湯を楽しむしかない、ということで部屋とお風呂を何往復もしました。あまり長く浸かっていることのできないお湯なので、そんな入り方が理に適っているのかもしれません。
五能線が遅れなければ、弘前駅で日本酒を買い込む予定でした。ですから今夜のお酒は夕飯時に頼んだワンカップひとつだけ。
無音の空間で小説を読みながらワンカップをちびり。気が向いたら温泉へ。ある意味テレビもお酒も無くてよかった、そう思える健全で贅沢な時間を過ごします。
小説とお風呂のループを飽きることなく延々と繰り返し、22時半に早めの就寝。こんなに早く寝ることなんてほとんど無いのですが、薬効の強いお湯による心地の良い適度な疲労感が襲い、布団に入るや否や深い眠りへと落ちていきました。
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