田沢湖駅からひと駅だけこまち号に乗車し、角館駅へ向かいます。フリーきっぷでこまち号に乗り放題となると、なんだか得した気分になります。
一応在来線である田沢湖線の特急列車扱いなのですが、外見も中身も、やっぱり新幹線。乗っている人もビジネスマンや旅行客が多く、東京方面からの直通客が多そう。快適なのは嬉しいのですが、欲を言えばもう少しローカル特急らしい風情があればなぁ、と思います。昨日バリバリのローカル特急であるかもしか号に乗ったから余計に感じるのかもしれません。
こまち号なら角館まであっという間、10分ほどで到着です。出発前に東京で見た週間予報では、旅行の最後は晴れマークだったはずなのに生憎の雨。それでもゴアテックスのウィンドブレーカーを着ている分には傘をささずに済む程度なので、良しとしなければなりません。
時刻は丁度お昼時。まずは腹ごしらえを、と『食堂いなほ』に入りました。ここは予定を立てていたときから来てみたかったお店で、地元の料亭が経営する、リーズナブルに地元の美味しいものを食べられるお店。
ところが、出発前に定休日をよくよく見ると、丁度角館を巡る日であることが判明。もうがっかりでした。仕方ないと思い角館の中心地方面へとぼとぼ歩いていると、なにやら明かりが点いています。
あれ?と思い階段を登ると、なんと営業中ではありませんか。これはこれは嬉しい誤算。お店の方によると、紅葉の時期は観光客が来るので、無休でやっているとのこと。期待していなかっただけに、嬉しさもひとしおです。
お目当てのメニューを注文し、待ちわびながら秋田のお酒秀よしを、ちびり、ちびりとやります。外は寒く体は冷え切っていたので、日本酒のアルコールが体を温めゆく感覚が堪りません。
いよいよやってまいりました、がっこ懐石。僕はこれが食べたくて食べたくて仕方なかったのです。
がっことは、秋田で漬物のこと。様々な漬物と、それらを調理したものが並んでいます。これだけ色々あると、どれから箸を付けようか、嬉しい迷いが生じます。
秋田名物いぶりがっこは、様々な形に姿を変えています。右上の甘露煮は、ほんのりした甘さと漬物の塩分がよく合う一品。真ん中は角館納豆といぶりがっこの和え物。風味豊かな角館納豆に、いぶりがっこのふくよかな香りと心地よい食感がぴったり。
そして、この中での一番の衝撃的旨さである、左下のいぶりがっこの天ぷら。ふわっとした衣をまとったアツアツの天ぷらを頬張れば、口の中一杯にいぶりがっこの香りが広がり、口では収まりきれず、鼻までブワッと抜けてきます。
揚げることで程よく火が入り、食感も少し柔らかめに変化。衣との相性も抜群です。いぶりがっこのベストな食べ方、と言っても過言ではありません。絶品!のひと言。
他にも長芋の酢漬けや瓜や大根などの漬物など、逸品揃い。この9種の小皿だけで、軽く四号瓶はいっちゃいそう。もう悩殺ものです。
お椀に入るは、きりたんぽのおつゆ。モチモチしたきりたんぽが、丁度よい塩梅のおだしを吸ってとっても美味しい。千切りにされた白菜漬けがいいアクセントとなっています。
そしてご飯は、いぶりがっこ丼。いぶりがっことねぎの千切りを卵でとじたものなのですが、驚くほどの満足感。ふんわり優しい卵の中に、シャキ、シャキ、と楽しい歯ごたえを感じ、その都度いぶりがっこ特有の香ばしさがやってくる。これまた本当に美味しい逸品。
もう今回は本当に驚かされました。普段漬物といえばそのまま食べることしかしませんでしたが、こうやって様々な料理に生まれ変わることができるなんて、思ってもみませんでした。それが更に漬物の状態よりも美味しくなっているのだから、文句なし。
更に、今こうやって記事を書いていて初めて気が付いたのですが、卵以外は全て野菜や海藻で出来ています。食べているときには気付かないほどの満足感。
これはひとえに、漬物に親しみ、漬物を愛している土地と人の賜物でしょう。本当に美味しかった。角館に行ったら是非食べてみてください。おススメです。
大満足の昼食を終え、この旅最後の紅葉を愛でることにします。普段田沢湖芸術村というホールや温泉施設群まで運行している無料シャトルバスが、秋のシーズンは紅葉の名所である抱返り渓谷まで延長運転されるので、今回はそれを利用させていただくことに。車を持たない観光客には嬉しい限りです。
角館駅から30分程度で、抱返り渓谷の駐車場に到着。ここから約2km、回顧の滝を目指して歩き始めます。
歩き始めてすぐのところに、抱返り神社が木々に囲まれひっそりと佇んでいます。そこで、短いながらも山中を行く道中の安全を祈ります。
神社の横手をぐんぐん登り、玉川を渡るつり橋を発見。深い緑の中に映える、赤いトラスが印象的。結構な長さがあるため、渡ってみると意外と揺れます。
抱返り渓谷の一番の特徴といえば、やはり水の青さ。渓谷ではエメラルドグリーンの水を湛えるところは多いのですが、ここのは今まで見たことの無い種類の妖しい青さ。
科学者ではないので詳しいことは分かりませんが、きっとこの上流に位置する、日本一酸性度の高いことで有名な玉川温泉から流れる強酸性の温泉水が関係しているのではないでしょうか。そう思うほどの、少し恐れさえ覚えるケミカルな青さ。
途中、岩肌からきれいな清水が湧いていました。水場となっており、もちろん飲むこともできます。軽いハイキングコースですが、ぬかるみあり、岩場ありで、火照った体に美味しい水が浸み込んでいきます。
先へ進むと、柱状節理が続く一帯を通ります。今の道は拡幅され、問題なく通ることができるのですが、昔は人がすれ違う際には抱き合うような形にならないほど険しい場所であったことから、抱返りとの名が付いたそう。
遥か下の川への落下を恐れ、頭上からの落石に怯える。こんな岩場を切り崩して作った道は、それはもう怖かったことでしょう。
行く手には再び吊橋が。ここまで来ると、川との高低差もかなりのものになってきました。今では高い谷を橋で一跨ぎですが、昔は右手の岩肌にへばりつきながら歩いていたことでしょう。
会津の塔のへつりといい、ここといい、山がちな国土ゆえに日本全国にはこのような悪路は数え切れないほどあったことでしょう。昔の人は道を往来するにも命懸けだったのです。
それにしても、本当に奇妙な青さ。「美しい」と「恐ろしい」、その2つの感情が同時に湧いてきます。この玉川の水は、以前は玉川毒水と言われたそう。源流に近い玉川温泉はPH1.05と言われており、言わば塩酸と同じようなもの。
その温泉水は、正しく活用すれば人間にとって非常に高い薬効を持つものとなりますが、自然の生き物にとってはまさに毒。この毒水が発電などの目的のために田沢湖へ導入されたことにより、抜群の透明度を誇り生物の宝庫であった田沢湖は、たちまち死の湖になってしまったとのこと。
今では中和施設の稼動によりほぼ中性を保っているという玉川。田沢湖にも魚が移植され、段々と増えてきているそう。そのようなことを聞くと、玉川の水はとても恐ろしいものに見えてしまいますが、強酸性で魚も住めないような川が本来の姿。
田沢湖の魚を滅ぼしたのは、玉川が悪いのではなく、水路を作った人間が悪い。その罪滅ぼしをしようと現在でも中和作業に勤しむ。下流の農業に携わる方々の暮らしの問題もあるので一概には言えませんが、やっぱり人間って、勝手な生き物ですね。(自分も含めて・・・)
強酸性の温泉を薬湯と崇め、その水が流れる川は厄介者。ある種の矛盾を感じてしまいますが、その土地に暮らす方々にとっては死活問題なので、こうするしかなかったのでしょう。人間に散々いじられてしまった玉川の悲哀が、きっとこの色となって現れているのでしょう。
岩を掘っただけの、真っ暗なトンネルをいくつか抜けていきます。この遊歩道は、昔林業用に作られた手押し軌道の廃線跡を利用しているそうなので、もしかしたらこれも軌道の時代からの隧道なのかな?と少しワクワクしてしまいます。
最後のトンネルを抜けてすぐ、右手から大きな水音が聞こえてきます。抱返り渓谷でも有数の見どころである、回顧(みかえり)の滝に到着。きれいな水が白糸となり、勢いよく岩場を落ちていきます。まさに滝、といったシンプルかつ美しいフォルム。
今年の紅葉は色が悪い、そう地元の方が道中おっしゃっていましたが、最近色づく前に枯れてしまうことが多い東京からやって来た僕にとっては、これでも十分きれい。数段の段差を流れ落ちる滝の両側を、オレンジの紅葉が彩ります。
写真では伝わりにくいかもしれませんが、この滝の迫力は中々のもの。真下から見上げれば、音と振動が直に伝わってきます。この回顧の滝は、旅人がその美しさに、振り返って見てしまうことからその名が付いたそう。迫力だけではない、どことなく上品な女性的な印象を受ける滝です。
回顧の滝よりも先までハイキングコースは続いていますが、帰りのバスの時間を考慮し、ここでUターン。来た道を戻ります。
最初に渡った赤い吊橋の袂に、行きには気付かなかった碑が建っていました。内容を読むと、この橋は大正15年にできた、現存する県内で最古の吊橋なんだとか。
雪国である秋田の山奥で、それ程古い吊橋が残っているということに驚き。渡ったときには全く古さを感じさせなかっただけに、大事に手入れされ使われ続けていることが窺えます。
紅葉には少しだけ早かったようですが、色づき始めた木々と、吸い込まれそうな青さの対比を楽しむことができた、抱返り渓谷。帰りも無料シャトルバスに乗り、角館の象徴とも言える武家屋敷へと向かいます。
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