ディープな秘湯の世界にどっぷりと浸かった夜もあっという間に過ぎ、気が付けばもう朝に。温泉と本に癒され、すっきりと清々しい目覚め。古びたガラス窓からは、朝の柔らかい光が差し込みます。
桂の湯で川を渡る清涼な朝の空気を楽しみ、朝食の時間に。湯豆腐に焼き魚、筍の煮物や酢の物など、シンプルながら美味しい品々が並びます。湯上りの火照った体を優しくいたわってくれるしみじみとしたお膳に、体も心も癒されてゆきます。
僕は温泉宿で迎える朝食の時間が本当に大好き。普段朝食を摂らないため余計にありがたく思うのかもしれませんが、静かな温泉宿で一夜を過ごし、体も心も浄化された状態で頂く朝食は、単に食べるというだけでなく、その時間や行為自体がより一層大切なことに感じられます。
食後に最後の白猿の湯を堪能し、名残惜しくも藤三旅館を去る時間に。僕を秘湯へ誘った藤三旅館。念願の再開を果たし、今回も期待以上の想い出を僕にくれました。
湯治部に泊まってみて、更に感じた藤三旅館の良さ。良い宿は様々な形でたくさんありますが、ここは僕にとってのひとつの完成形。きっと、またここを訪れることになるでしょう。ありがとう、藤三旅館。また必ず帰ってきます。
花巻駅へは旅館組合の運行する『送迎バス』に乗車。チェックイン時に送迎バスの利用の有無を聞いてくれるので、そこでお願いすれば予約をしてくれます。
バスは道中の各旅館で乗車客を拾い進んで行きます。車内に溢れるお国ことば。大槌町、行方不明、流された・・・、そんな言葉が耳に入ります。このあたり一体の旅館は避難所となっていたのです。
実際、前日に訪れた大沢温泉も、そして藤三旅館も自炊部の一部が避難所となっていました。藤三旅館の湯治部1階には、ボランティアの理髪所や相談コーナー、情報掲示板などが用意されており、初めて目にしたときは呆然としてしまいました。
そう、自分の認識が甘かったのです。まさか花巻の奥地の旅館まで避難所になっているとは考えていませんでした。
どうやらここへ避難してきている方々は沿岸部の方が多いようで、バス車内の会話を聞いていても、なんとも痛々しいものばかり。そんな状況でも、東北の方々は強いものを持っていました。
僕が温泉に浸かっていると避難されている方が。僕は軽く会釈を返すのですが、「すみません、失礼します。」と湯船に入ってきます。これが一人や二人ではありませんでした。ほとんどの方が申し訳無さそうに入ってくるのです。
申し訳ないのは僕のほう。いくら知らずに訪れたとはいえ、被災者の方々が仮の住まいとしているところへお邪魔しているのです。それなのに、大変な思いをした方のほうがすみませんなんて・・・。
バス車内でも、家族や同級生の安否、家屋の状態などを案じる会話が続く中、あの花がきれいに咲いている、星がきれいだったなどの内容も。きっと僕なら、そんなところに気がつく余裕など無いはず。
この2日間で目の当たりにした被災者の方々。その芯の強さ、心の美しさに尊敬の念を抱くと共に、掛ける言葉すら見つけられない僕は、なんとも居た堪れない気持ちでバスに揺られるのでした。
花巻駅からは、再び各駅停車の旅。昨日と同じ2両編成のローカル電車に、ゴトゴトのんびり揺られます。
電車に揺られること40分程度、盛岡駅に到着。5年前の初秘湯旅行で初めて訪れて以来、この短期間で何回も降り立つことになるとは思ってもみませんでした。
盛岡といえば、やはり名物の3大麺料理。麺好きの僕にとっては堪らない麺の都です。今日と明日と2回昼食を摂ることができるので、今日は不思議な麺料理、じゃじゃ麺を頂くことにします。
今回お邪魔したのは、『小吃店フェザン店』。盛岡駅ビルの地下というアクセスの良さのため、乗り換えの時間待ちにふらりと立ち寄ることができます。
こちらのお店は注文を受けてから麺を茹でるため、ビールを飲みながらのんびりと待ちます。そして出てきた、盛岡名物じゃじゃ麺。
茹でたて熱々のうどんの上に、コクのある独特の肉味噌、きゅうり、おろししょうが、紅しょうがが載っています。これに各自好みに合わせてラー油やニンニクなどを加え、自分だけの味付けにします。
そしてこの麺を美味しくいただく一番のポイントが、ひたすらよく混ぜることだそう。早く食べたい気持ちを押さえ、よ~くよ~く混ぜます。
調味料が全体にまんべんなく混ざったところで、いよいよ一口。汁が無いのでツルツルという感覚ではなく、どちらかといえばベタッとモッチリとした食感。独特の肉味噌が麺にしっかり絡んでいるので、どこを食べても味噌とうどんのハーモニーを楽しめます。
うどんは細いながらかなりのモッチリさで、肉味噌やニンニクに負けない個性の強さ。汁が無い分これらの旨味が濃厚に絡み合い、何とも不思議な美味しさを醸し出しています。口をさっぱりさせてくれるきゅうりも良いアクセントに。
そしてこの名物麺料理の〆はチータンタンというスープ。好みで麺を少量残して生卵を溶きほぐし、チータンタン下さいとお店の方に差し出せば、熱々の中華スープを注いで渡してくれます。
溶いた卵は見事にふんわりかき玉状になっており、見るからに美味しそう。あっさりめのスープなので、肉味噌やコショーなどで再び自分好みの味に仕上げて頂きます。
先程までの濃厚なじゃじゃ麺とは打って変わり、仕上げに相応しい、卵が優しいあっさりめのスープ。まさに一度で二度美味しい、この土地に息づく不思議な名物麺料理です。
僕は今回2度目のじゃじゃ麺でしたが、初めて食べたときは、頭が???だらけになりました。美味しいんだけど、何となくインパクトの無い不思議な味・・・。それが1度目の感想。ところが今回2度目に食べてみると、前回とは全く印象が変わってしまいました。
きっとこれは、とても奥が深い料理なのでしょう。地元の方々もそれぞれ自分だけの食べ方や味付けを持っているようで、だからこそ何度も食べたくなる。それがこの料理の魅力なのかもしれません。
僕も2度目にしてその美味しさが分かるような気がしました。近くにお店があるならば、通って自分のスタイルを見つけたい!そう思わせる不思議な魅力をもつ麺料理でした。
安くて美味しい不思議な麺に大満足し、八幡平に抱かれた秘湯を目指します。今夜の宿は松川温泉。思い続けてはや数年の、これまた憧れの秘湯を目前に、逸る気持ちを抑えてバスを待つのでした。
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