この旅最後の朝。清々しい目覚め、と言いたいところでしたが、この日はどうしても起きることができず、朝食の時間ぎりぎりまで寝てしまい、楽しみだった朝風呂も逃してしまいました。
特に体調が悪い訳でもなく、夜更かししすぎたわけでもない。それでもなんだかだるくて異様に眠い・・・。思い当たることと言えば、昨晩消灯前に入った最後のお風呂がちょっとだけ長かったことくらい。
もしこれが温泉の副作用だとしたら、最初に感じた長湯厳禁という印象は当たっていたのかも。山の薬湯と言われるだけのことはありそうです。
それでも何とか起きて、朝食会場へ。覚めなかった頭も、目の前に並ぶ美味しそうな朝食を見れば食欲が湧いてくるから不思議なもの。魚の甘露煮、温泉卵、きんぴらなどのしみじみとしたおかずをゆっくり味わいます。
朝食後再び布団でごろごろ過ごし、チェックアウトの時間に。
これまで乳頭温泉郷に数回訪れた中で、最後まで来ることができなかった孫六温泉。温泉郷で一番奥に位置すると言われるこの湯治場は、その呼び声に相応しい、本当の「鄙びた」空気に包まれていました。
秘湯ムードの演出などを感じさせない、いい意味で鄙び、質素で、素朴な宿。お湯を楽しむためにある、湯治場元来の姿なのかもしれません。この宿の、観光客に媚びないシンプルな姿は、忘れえぬ深い記憶となり、僕の心に刻まれました。
後は新幹線で東京へ帰るのみ。といっても、こんな明るいうちから帰るなんて考えられません。夕方の新幹線まで、この乳頭温泉郷を心行くまで満喫することとします。
昨晩のうちに宿の方にお願いをし、『湯めぐり帖』を購入。この手帖は1冊1,500円で、乳頭温泉郷に宿泊した人だけが購入可能。
宿泊した宿以外の6軒に立ち寄り入浴でき、車などの足がない人は送迎バスである湯めぐり号も乗り放題という大変お得な手帖。有効期限は発行から1年間。いっぺんに回りきれない場合は、またここを訪れるという楽しみもあります。
孫六温泉から黒湯への藪道を登り、湯めぐり号に乗車。まずは乳頭と言えばやはりここ!という鶴の湯へと向かいます。
ワゴン車に揺られること約40分、見覚えのある建物が並ぶ『鶴の湯』に到着。こちらへはこれで3度目の訪問ですが、雪がない季節に来るのはこれが初めて。
深い雪に埋もれるようにしてひっそりと佇む鶴の湯も魅力的ですが、秋の気配をほんのりと感じさせる色合いの山に抱かれた鶴の湯の姿もまたいいもの。きっとこの宿は、四季折々、無限の表情を以って訪れる旅人を魅了し続けてきたのでしょう。
湯めぐり号は出発前までに宿に予約をお願いするシステム。受付で湯めぐり帖にスタンプを押してもらう際に、一緒に次の便をお願いします。
受付を済ませて荷物をロッカーへ預け、逸る気持ちを抑えて浴場へ。渋い黒壁の中をさらさらと流れる小川は、秋風に揺れるすすきに彩られています。
鶴の湯といえば、やはりこの混浴露天風呂。白銀の世界に包まれた白濁の湯も格別ですが、すすきの銀色が初秋の風に揺れる様を眺めつつ浸かる乳白の湯もまた、最高のひと言。
あまりの濃厚な空気感にいつまでも浸かっていたい気持ちを抑え、逆上せる前に一旦上がります。湯上りの頬を撫でる心地よい秋の風。なびくすすきを眺めながらのビールは、筆舌に尽くしがたい最高の旨さ。
爽快な気持ちで後ろを振り返れば、抜けるような秋空に映える、本陣の茅葺屋根。秋への準備を進め、勢いが弱まり始めた木々の緑が、その風情をより濃いものとしています。
この後もう一度お風呂へ入り、ちょっと早めのお昼ご飯をとることに。宿の受付で注文をし、どこで待っているかを伝えれば、その場所まで食事を持ってきてくれます。
前回宿泊した際に美味しかった山の芋鍋のランチもあったのですが、迷った挙句今回は温かいおそばを注文。
太めのちょっと柔らかめのおそばはほっとする素朴な美味しさで、揚げ玉やなめこと共に載せられた山芋の千切りがいいアクセント。秋風に吹かれた体を優しく温めなおしてくれます。
昼食の後、もう一度あの乳白の湯にお別れ入浴し、湯めぐり号に乗車して鶴の湯を後にします。続いて向かったのは『妙乃湯』。こちらは僕が初めて乳頭温泉郷を訪れた際に泊まった、想い出の宿。
温泉郷の他の宿とは違い、和モダンでおしゃれな、秘湯の不便さを感じさせない宿。僕もこの宿から入門したからこそ、秘湯への道を難なく進むことができたのかもしれません。
こちらは2種の泉質を楽しむことができます。手前の無色透明なお湯は銀の湯、奥の茶のにごり湯は金の湯と呼ばれています。造りの違う男女別浴場は入れ替え制で、その奥へ進んだ川沿いに、大きな混浴露天風呂が設えられています。
本当はその露天風呂が一番眺めがいいのですが、今回は一人になるチャンスがなかったので写真は断念。7年振りに入るこのお湯は、当時の感動そのままに、ここに在り続けてくれていました。
鶴の湯、妙乃湯と、湯めぐりで楽しむ乳頭温泉郷。個性の違う湯に出会うため、まだまだはしご湯は続きます。
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