いくら視界を染めようと、いくら波に揺蕩おうと、その青さが未だ現実のものとして受け入れられぬほどの素晴らしさを放つニシ浜の海。鮮烈な波照間ブルーを網膜に感じつつオリオンを喉へと流せば、色々あった三十代の全てが自分の栄養となり吸収されてゆくかのよう。
喉に心に感じる心地よい刺激を、一層爽快なものへと昇華させてくれるこの色彩。こんな形で三十代最後の歳を迎えられるなんて、三十路になったばかりの自分には想像できなかった。目の前に広がる青の濃淡に、自分の過ごしてきた時間の移り変わりが自ずと重なるよう。
なんだよ、最高の39歳の始まりじゃん。そんな感慨に浸りつつビールを飲み、お腹もすいたところで昼食を。今日も石垣港で仕入れたジューシーおにぎりを頬張ります。ほろほろと崩れるごとに広がる、だしの旨味。そして何より最高のおかずである、波照間ブルー。この瞬間、五感の全てが八重山色に満たされます。
気づけば薄雲もぐっと減り、ビーチに降り注ぐ強烈な波照間の漲り。まもなくこの旅も終わるとはいえ、この陽射しは危険だと察知し日陰を求めて東屋へと移動します。
浜より一段高い場所にある東屋。到着時には引いていた潮もいつしか満ちはじめ、見渡す色彩はまさにミンサー織りのよう。自然の造り上げた青い帯が、水平線としてゆったり弧を描きます。
それにしても、本当に青い。何をどうしたらこんな豊かな青さになるのだろうか。これまで出会った八重山の海のどれとも違う、独特の彩りに染まるニシ浜の海。深い青、鮮烈な蒼、シルキーな水色。それらが複雑に交じり合い、それぞれのあおさを競い合うかのように輝きます。
眼下に広がる波照間ブルー。またここへ来られたとしても、今感じているこの瞬間は二度と来ない。そう思うと居ても立っても居られず、再び海へと走り出します。
潮が満ちはじめ、海の深さとともに増す青の濃さ。それを一層際立たせるかのように照り付ける、波照間の太陽。日本で一番赤道に近い陽射しを一身に受け、海はより力強く輝きを放ちます。
ただ鮮烈なだけではない、どことなく柔らかさを秘めるニシ浜の海の色。沖の深い青さと、浜辺を染めるパステルの対比。砂浜の赤みと海の温かい青さの境界を溶かすかのように、美しい白波が行ったり来たり。
レースのようなさざ波に誘われ、海の中へ。足元に伝わる南国の温度、視界を満たす爽快な青。いつまでも、こうして海と繋がっていたい。八重山に来るまで、自分がこんなに海が好きだとは知らなかった。
僕にとって、海は眺めて、そして浸かるもの。肌に感じる優しい温さと、体に染み込む波の揺らぎ。自分が溶けだしてしまうような海との一体感を味わえば、この安らぎを忘れられるはずもない。
初めてにして、最高の波照間ブルーを僕にくれたニシ浜。全ての偶然が揃わなければ出会えなかったこの感動を胸に、地上の楽園に別れを告げることに。その前にもう一度だけこの青さを心に焼き付け、三十代最後の歳を生きる力をもらいます。
はぁ、青かったなぁ。本当に、青すぎだよなぁ。未だニシ浜の余韻を引きずりつつ、のんびり進む港への帰り道。炎天下の中のんびりと草をはむ牛の姿に、波照間島に流れる時間軸を重ねてみます。
現在は空路もなく、船でしか渡れない波照間島。そんな南の最果てへ、次はいつ来ることができるのだろうか。でもきっと、願えば想いは叶うはず。たった半日ですっかり好きになってしまったこの島への再訪の誓いを、道端のヤギさんに託します。
さとうきびの豊かな緑に覆われ、南の果てで見えぬ国境に思いを馳せ。そして幸運にも味わうことのできた、全力の波照間ブルー。またひとつ出会うことのできた八重山の宝を胸に、この島で最高の39歳のスタートを迎えるのでした。
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