秋の山里で迎える静かな朝。障子を開けて外を眺めれば、しっとりと広がる水墨画のような世界。晴天も良いけれど、初秋の里を煙らす雨もまた趣深い。
力強い松之山の湯で目を覚まし、すっかりお腹も空いたところで朝食の時間に。食卓には手作りのおいしそうなおかずがずらりと並びます。
しっかりとだしの染みた分厚い車麩、しゃきしゃきとした食感のれんこんのきんぴら。香ばしく焼かれた鮭や切り干し大根と、おいしい新米を引き立てるものばかり。優しい味わいのなめこのお味噌汁もご飯を進ませ、最後の一粒まで残さずおひつのご飯を平らげてしまいます。
朝から山の恵みをたっぷりと味わい、大満足で部屋へと戻ります。その道中、心を満たしてくれる木の温もり。年季の入った木の放つ渋い色味に、やはり木造の宿が好きだと改めてしみじみと実感。
満腹を抱え、転がる布団。朝食後の甘美な微睡みに揺蕩い、お腹も落ち着いたところで再びお風呂へ。
浴室を満たす湯けむりに宿る、クセになるような独特な香り。体を包むのは、分厚い浴感を持つ適温の湯。本当に、不思議なお湯。熱いのではなく、厚い。この感覚は、言葉にするのがなかなか難しい。
ひとり静かに午前の湯浴みを愉しみ、良きところでお昼を食べるため外出することに。お店は温泉街にあるため、宿の前を走る県道をてくてく歩いてゆきます。
宿から歩くこと約10分、温泉街の中ほど、日帰り温泉の鷹の湯の隣に位置する『手打ちラーメン柳屋』にお邪魔してみることに。
所謂町の中華屋さんといった雰囲気の店内。メニューも色々とあり悩みましたが、一番シンプルなラーメンを注文。ビールを飲みつつ待つことしばし、お待ちかねの丼が運ばれてきます。
チャーシュー、メンマ、海苔にねぎ。これぞ王道のラーメンという見た目に期待しつつ、まずは澄んだスープをひと口。うん、旨い。きりりとしょう油がたっているというタイプではなく、ちょっとした甘味を感じる穏やかな味わい。期待を裏切らない、お腹へと沁み入るような優しさを感じます。
続いて、こだわりの麺を。米粉と松之山の温泉水を使用しているという麺は、つるりもっちりとした食感。あの塩っ辛い温泉を練り込んであるだけあり、麺自体にもしっかりとした味を感じます。
そしてきれいな色をしたチャーシューをひと口。妻有ポークを温泉の熱で調理した湯治豚のチャーシューは、しっとりとした赤身もさることながら白身が抜群に旨い。脂っぽさは感じさせず、ぷりぷりとした食感に詰まった脂の甘味。脂身ではなく白身と言いたくなる旨さは、豚好きには堪りません。
穏やかなスープに、温泉水の塩味旨味を宿す麺。豚のおいしさをシンプルに味わえるチャーシューと、気づけばあっという間にスープ一滴残らず完食。派手さはないがしっかりとしたおいしさにお腹も心も満たされ、大満足でお店を後にします。
旅館やご飯屋さん、お土産屋さんの並ぶ小さな温泉街をのんびり散策。川に沿って坂を登ってゆけば、もうもうと湯けむりを上げる鷹の湯の源泉が。
源泉のさらに上流側には、大きな水音を轟かせる立派な不動滝。下半分は護岸のため石積みとなっていますが、上の部分の黒々とした岩盤と白い水の流れの荒々しい対比が印象的。その下の古そうな堰堤も、70年前に造られたもの。古くから続く人と山、そして水との闘いの歴史を感じます。
おいしいラーメンと温泉街散策を満喫し、再び歩いて宿へと戻ることに。周囲に農村の広がる中、小高い場所にぽつんと佇む凌雲閣本館。下から見上げるその姿は、まるでジオラマであるかのような非現実感。
宿へと戻るとお風呂の清掃時間も終わっており、午後一の湯を愉しみます。松之山の湯力にしっかりと抱かれ、ほくほくになったところでこいつをプシュッと。
雨に濡れ、しっとりとした風情を漂わせる山里。その長閑さつまみに味わう苦みに、なんとなく秋という季節のもつ情緒を重ねてみる。雨の滴る松之山の午後に、ひとり静かに身を委ねるのでした。
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