八戸から快速しもきたに揺られること26分、この旅最初の目的地である上北町に到着。初めての東北町、一体どんな出逢いが待っているのだろう。何度旅を重ねても、こうして未知に飛び込む瞬間はたまらない。

それにしても、夏とは思えぬ今日の気温。半袖では少々肌寒く感じるほどで、灼熱の東京で芯から煮えた心身にはこれだけでも贅沢だと思えてくる。

一見の観光客にはうれしいこの涼しさも、古くから人々を困らせてきた歴史が。いまから30年ちょっと前、僕の子供のころに起きた大凶作は今でも忘れられない。それ以降冷害に強く食味の良い品種がたくさん生まれ、いまでは東北の太平洋側も米どころのイメージがすっかり定着するまでに。

やませのもたらす冷涼に驚きつつ、飲食店の点在する街から田園を経て歩くこと20分。これから2泊お世話になる『温泉旅館水明』に到着。

地元の人々に愛される公衆浴場といった雰囲気のフロントでチェックインし、いざ自室へ。こちらには様々なタイプのお部屋がありますが、今回予約したのは一番お手頃な和室8畳。滞在もできるようにか冷蔵庫のほか電子レンジも備え付けられ、トイレなしながら洗面台があるのもうれしいところ。

今年はどう夏の東北を回ろうか。そう妄想を描きつつ検索を重ねていたところ、ふと目に留まったこのお宿。ここはどうやら、お湯がすごいらしい。予約の決定打となった、そんなお風呂といざご対面。
大きな湯船から床へとあふれる湯の量に、自ずと期待は跳ね上がる。さっそく掛け湯し、左右の湯船の温度確認。源泉が投入されている左側は、僕にはちょっとばかり厳しい熱さ。一方で、ちょっと浅めの右側は熱めながら肩まで入れる心地よさ。

内湯でさっと温まり、つづいて隣の露天風呂へ。こちらも見てのとおり、見ていて気持ちのよいオーバーフロー。ほんのり薄い琥珀色をしたお湯は、このあたり一帯に湧く植物の溶け込んだモール泉。

それにしても、この湯量よ。蛇口からドバドバと源泉が放出され、縁からはザバザバと惜しげもなくあふれてゆく。青森県内にはドバドバザバザバな浴場があると聞きかじってはいたものの、こうして目の当たりにするとその贅沢さに圧倒されっぱなし。
熱い場合は加水してもいいと書いてありますが、涼しい今日はちょっとばかり高めの適温。これだけのお湯を投入して適温を保てるのも、46.4℃という絶妙な泉温のなせる業。
そして何より、驚くのがその浴感。美肌成分のメタケイ酸をたっぷり含んだ、アルカリ性単純温泉。トゥルントゥルンなお湯が、全身をしっとりとまろやかに包んでゆく。温度ほどの圧も感じず、気をつけないと長湯してしまいそう。
ですがそこは要注意。芯からしっかりと温まるお湯のようで、しばらく浸かれば額から大量の汗玉が。暑さを感じたら、すぐ横にあるベンチに退避。すると涼やかな里風が全身を撫でてゆき、火照りをさっと心地よく連れ去ってくれる。

これはいい意味で、湯量の暴力だ。新鮮さと湯力に圧倒され、一浴目からすっかり茹だってしまった。そんな湯上がりに欠かせないのは、もちろんビール。自販機では売っていないため、フロントでお願いすると部屋まで持ってきてくれました。

到着時は冷房をつけてくれていましたが、露天風呂で外気のほうが気持ちいいことは確認済み。窓を開ければ、網戸越しに部屋へと吹き込む冷涼な風。まさに天然のクーラー。このご時世、これだけでも贅沢が過ぎるな。

もう一度とろんとろんのお湯と戯れ、汗を引かせたところでお待ちかねの夕食の時間に。チェックイン時に時間とサービスの飲み物が聞かれ、もちろん僕は缶ビールを選択。
食堂へと向かえば、テーブルにはおいしそうな品々が。まずはビールをコップに注ぎ、ぐいっと喉へと流してからいただきます。丸のままの茹でいかは、ちょうど良い塩梅の酢味噌で。青森の郷土料理であるあんこうのとも和えは滋味深く、ごぼうのごま味噌和えも豊かな香りが美味。
ここでビールを飲み干し、日本酒へ。といきたいところですが、お酒のメニューがなかったためご飯に切り替えることに。というのもこちらのお宿は、各テーブルに置かれた三合炊きの炊飯器で時間に合わせて炊飯。炊き立てほっかほかのご飯がしっかり三膳分ほどあるので、吞兵衛兼米っ喰いとしてはこれはこれでうれしい夕餉。
ほっくりとした凝縮感がおいしい赤魚の粕漬、じゅわっと甘辛あんの絡んだひき肉入りのなすのはさみ揚げ。さらにお刺身にキムチと、おいしいおかずとともに味わう白いご飯。これがまたふっくらもっちり甘旨で、さすがは米どころ青森だと食欲全開。
これは缶ビール1本で酒は十分だわ。お茶碗片手に食べ進め、ときおりはさむお吸い物。ほたてのだしのきいた潮汁がまた旨く、やさしくおだやかな深い滋味がお腹の底へと沁みてゆく。

呑み気より食い気が勝り、珍しく健全な夕食に大満足。案の定お腹はぱつんぱつんになり、敷いた布団でしばしごろごろ。満腹も落ち着いたところで、改めて青森の酒との再会を果たそうか。
まず開けたのは、八戸酒類の五戸工場が醸す如空特別純米酒金ラベル。とろりとした舌ざわり、酸味甘味旨味とともにくいっと広がるきりりとした辛さ。津軽の酒とはまた違った旨さに、南部での夜が深まってゆく。

ほんのりと如空に染まったところで、夜の露天へ。日が暮れ気温はより下がり、熱い湯が一層心地よく。汗が噴き出たところでベンチに腰掛ければ、これが整うという感覚なのかと思わず納得。

温浴と外気浴の往復を何度か愉しみ、身もこころもすっかり軽やかになったところで宴の続きを。つづいて開けるのは八戸の澤内醸造、いろりロッソ。南部町と八戸のぶどうで醸された赤ワインは、軽やかな口当たりとともにきゅっとくる香りや酸味、渋味が美味。ライトとは書いてありますが、しっかりと広がる豊な果実味が印象的。
日本酒のみならず、ワインまでも旨いのか。またあらたな青森南部の酒の魅力を知り、そのほんのりとした余韻に染まり更けゆく夜。窓の外からは、小さく聞こえる虫の声。良い旅の幕開けだ。涼しい夜風を浴び、二度目の夏休みのはじまりをひとり静かに噛みしめるのでした。



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