水明温泉で迎える静かな朝。冷涼な空気の流れる露天に向かい、ひとりゆっくり噛みしめる湯の熱さ。絶えず投入される源泉の音を聞きながら、とろんとした湯にただただ身を委ねる。そして火照りを感じたら、ベンチに腰掛け外気浴。この繰り返しが、日々のあれこれをきれいさっぱり溶かしてゆく。

そんな贅沢な湯浴みをこころゆくまで愉しんでいると、もう朝食の時間に。今朝も食卓にはおいしそうなおかずが並びます。
ほっくりとしたさわらの塩焼き、温もりあふれる味わいの山菜の炒め煮。オムレツにウィンナー、さっぱりとした胡瓜の黒胡椒漬けや梅ごぼうと、どれも炊き立てご飯に合うものばかり。そして今日のおつゆは、あさりのお味噌汁。じんわりと深い貝のだしが、朝の空っぽになった身体に沁みてゆく。

今朝も炊飯器丸ごと3膳分をきっちり平らげ、苦しいお腹を落ちつけ最後の一浴へ。もう一度そのとぅるんとぅるんの湯ざわりを肌にこころに刻みこみ、名残惜しくもチェックアウト。
いい意味で、ほっとするような素朴さに満ちていた。でもそこには、湯に食にとしっかりこだわりが込められていた。温泉旅館水明、たまたま見つけた宿だけどいいところだったな。今度はかけ流し風呂付客室に連泊するか。そんな妄想を浮かべつつ、上北町駅へと向かいます。

蔦や谷地といった八甲田山中の秘湯を除き、はじめての宿泊となった三八上北。これまで通過するだけだった地が、こうして想い出の地へと変わってゆく。そしてまた次にここを通るとき、この旅のことを想い出すのだろう。
よし、また来よう。東北町には、まだ見ぬいで湯がたくさん。小川原湖の天然うなぎも食べなきゃならんし、これは再訪せねばだな。そんな想いを抱き、青い森鉄道に乗り込みます。

青い森カラーをまとった701系に揺られること1時間4分、列車は終点の青森に到着。青森ねぶたの開幕当日、駅やバスロータリーでは多くの金魚ねぶたがお出迎え。

ようやく新駅舎を見て「青森にやってきた感」がするようになってきたな。多くの観光客で賑わうあらたな青森の玄関口を抜け、まずは僕にとっては欠かせぬ儀式を。

その儀式というのが、八甲田丸へのごあいさつ。かつて青函連絡船が発着し、北海道への玄関口として栄えた青森。海峡の女王との呼び名を持つ優美な船体を見据えながら、津軽海峡・冬景色を聞く。その歌声に、在りし日の交通へと想いを馳せる。これをして、ようやく青森まで来たという実感が湧いてくる。

本州と北海道の大動脈という大役を果たした八甲田丸。静かに余生を過ごす女王の奥には、巨大なダイヤモンドプリンセス。背負った使命の異なる新旧の女王の競演に、なぜだか胸が熱くなる。

いつかは客船にと思ってはみるものの、どうしても「交通」という使命を負ったのりものに魅かれてしまう。
現役時代をぎりぎり記憶に残しつつ、永遠に憧れることしかできない存在となってしまった青函連絡船。そのやりきれなさがあるから、僕はフェリーというものを追い求めてしまうのだろう。

いま乗れるものが、ずっとそこに在りつづけるなんて保証はない。だからこそ、乗れるうちに利用しておくべき。旅することも、まったく同じ。天変地異や情勢により、行きたい場所や想い出の地が消えてしまうことだってある。

数年前に思うように旅ができない期間があったり、想い出の温泉が廃業したり。そんな経験があったからこそ、いまそこにある旅のチャンスを大切にしたい。いつかはの「いつか」は、来るとは限らない。そのことを自分に思い出させるため、もしかしたら僕はこうして八甲田丸に逢いにくるのかもしれない。

愛する海峡の女王の凛とした姿を眼にこころに灼きつけ、アスパムの横に連なるねぶた小屋へ。今夜からの運行に向け、小屋内では念入りに最終調整がなされています。

幕が開いている小屋では、巨大なねぶたを間近に見ることが。日が暮れこれらに灯が入り、夜闇のなか乱舞する。その迫力と荘厳さは、きっと想像をはるかに超えるものだろう。

やっぱり一度は青森ねぶたも見てみなければ。迫りくるようなこの雄姿を見るたびに、そう思いつづけて早十数年。来年は弘前に3泊し、そのうち一夜は青森まで遠征しようかな。

祭りを控えた熱気に別れを告げ、そろそろお昼を食べることに。何を食べようかと直前まで迷いましたが、今回は昭和23年創業の『くどうラーメン』にお邪魔することに。

入口の券売機で食券を買い、店の奥の受付で提示し空いている席へ。まわりでおいしそうに啜る様子に首を長くして待つことしばし、注文したワンタン麺の大が運ばれてきます。
まずは焼干や昆布、豚骨鶏ガラを使ったスープから。ひと口含めば、派手さはないがぶわっと広がる滋味深さ。見た目通りしょう油がきりりと効いており、でもしょっぱすぎない絶妙な塩梅。
つづいて細い縮れ麺を啜れば、つるつるぷりぷりとした口当たり。しっかり目のスープに負けることなく小麦を感じ、ちゅるちゅるちゅるちゅると永遠に啜っていたくなるような心地よさ。
チャーシューは、無駄な脂っぽさのない昔ながらのもの。噛みしめればじんわりと赤身の旨味が染みだし、豚のおいしさを存分に味わうことが。メンマもちょうど良い食感で、麺の合間に挟むのにうれしい旨さ。
全体的に昔ながらの中華そばといった素朴な印象のなか、異彩を放つのがワンタン。つるりとなめらかな皮に包まれた餡は、しっかりとした中華風の味付け。麺とは異なるスープとの競演は、ふたつのおいしさを味わえるなんとも楽しくうれしい一杯。

戦後から歴史を刻む、王道のラーメン。津軽の中華そばの懐の深さをあらためて思い知り、大満足でお店を後にします。電車の時間まではまだ余裕があるため、善知鳥神社にお参りしていくことに。

青い空と白い雲。そんな夏色の空の下佇む拝殿で、こうして何度もこの街へと戻ってこられることのお礼を伝えます。

拝殿の前には、艶やかな姿を魅せる金魚ねぶた。14年前、僕が津軽に通うきっかけとなったのが金魚ねぷただった。揺れる津軽錦の幽玄な姿に、一瞬にして恋に落ちた。それ以来、ほぼ毎年こうして夏を確かめに津軽の地へ。本当に、幸せなことだ。

かつてこの一帯は善知鳥村と呼ばれ、安潟という大きな湖が。そこに入る船はどんな時化でも転覆することがなかったため、この神社とともに漁師の崇敬の対象に。その後流入する川の流れが変えられ、安潟は干上がり現在の青森の市街地に。境内にあるうとう沼は、そんな安潟の名残りだそう。

青森市発祥の地とされる善知鳥神社へのお参りを終え、海辺へと出ることに。古くから物流で栄えた港湾らしいレトロな倉庫、その隣には負けず劣らずの威容を誇る巨大客船。

明治から大正昭和へと、青函連絡船とともに発展した青森。鉄道連絡船の火は消えましたが、津軽海峡を渡るフェリーに北海道新幹線、そして客船の寄港する観光港とあらたな時代へと進化。深い青を湛えるうつくしい海が、いまも昔も人と物の往来を支えてきました。

からっと涼しい海風の吹く、夏色の青森。その鮮烈な青さを今夏の想い出として胸へと刻み、そろそろこの地を離れることに。駅を目指して海辺を歩いてゆくと、遠くから聞こえる勇壮な音色。
14年前、ねぷたとともに津軽に惚れるきっかけとなった津軽三味線。力強く、時には哀愁を帯び。勇ましくも情緒深いその音色を浴びる度に、なぜだか目頭が熱くなる。
今年も無事に、津軽の夏と再会できた。鼓膜を揺さぶる熱い音色やバチの振動を全身に受け取り、今宵の祭りへとむけ静かに、しかし確実に胸の奥が熱を帯びてゆくのでした。



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