東北町で迎える初めての朝。降る雨の音に目が覚め障子を開ければ、しっとりと濡れたのどかな情景。こんな「素」の表情をした町に、あんなにいい湯がふんだんに湧き出るなんて俄かに信じがたい。
はだけた浴衣を直し、朝風呂へ。青森には朝風呂文化が根付いているとは聞いていましたが、6時台だというのにもう先客が。そりゃそうか。東北町内だけでも源泉数32、立ち寄り入浴12ヵ所。さっと来られる近所にあれば、日常に温泉が溶け込んでいるのも不思議はない。

昨日よりも、さらに涼やかな空気に包まれた朝の露天。温泉浴と外気浴の往復がこのうえなく心地よく、気づけば思いのほかしっかり茹だってしまった。
自室に戻り、開けた窓からの冷気に吹かれクールダウン。そんな旅先だからこそのゆるりとした贅沢に身を任せていると、あっという間にもう朝食の時間に。食堂に向かえば、おいしそうな品々が並びます。
ほっくりとした凝縮感とコクが旨い鮭のみそ焼きに、半熟のベーコンエッグやさっぱりとしたくらげと鶏の和え物。大好物のたらこは大ぶりのものが2切れあり、炊飯器で供される熱々の炊き立てご飯があれよあれよという間に消えてゆく。
そしてうれしいのが、小川原湖名産のしじみ汁。おだやかで、しかししっかりと込められた貝の滋味。それを味噌のコクがじんわりまとめ、思わずほっと深い息がもれてしまう。

王道の和朝食にすっかり満たされ、ぱんぱんになったお腹を抱え敷きっぱなしの布団へ。網戸から吹き込む涼しい風、ぽつりぽつりと聞こえる雨の音。そんなしっとりとゆるやかな時間にしばし微睡み、ふと目が覚めたところでふたたび湯屋へ。
蛇口からどばどばとかけ流される、新鮮なモール泉。とろんとろんの浴感に心身もすっかりほぐされ、肌もつるすべに。そんな食後の湯浴みを2度ほど愉しめば、時刻はもうお昼どき。

朝からご飯3膳分を平らげたのに、当たり前のようにやってくる健康的な空腹感。体調やお湯との相性の差はあるものの、温泉に入ると本当に気持ちよく腹がすく。ということで宿から駅方面へと10分ほど歩き、事前に調べていた『和幸』へとお邪魔します。

こちらのお店にはうなぎやしじみ、しらうおといったすぐ近くの小川原湖の恵みがたくさん。ちょうど席に着いたタイミングで、お隣さんに出されたのは天然のうな重。うわぁ、悩殺もんの艶と香りだ。そう誘惑に負けそうになりつつも、初志貫徹で食べると決めていた天然なまず重を注文。
湯上がりの冷たいビールに至福を噛みしめることしばし、お待ちかねのお重が運ばれてきます。ふたを開ければ、照りってりのなまずの蒲焼きがお出まし。これまで気づかずに食べていたかもしれないが、自分の意志でという意味ではこれが人生初なまず。期待に胸を膨らませ、ご飯とともにひと切れ口へ。
え?なまずってあのナマズだよな?思わずそう自問自答してしまうほど、まったくもってクセや臭みがない。淡白な白身は脂っこさがなく、でもじんわりとした旨味をしっかりもった上品さ。
頭から尾にかけての部位の差か、いろいろな厚みの身があるのもまた楽しい。薄い部分は、ばりっと皮目が香ばしく。中ほどはほっくり、厚い部分はぷりっと、食感の違いがおもしろい。
そして驚いたのが、その卵。右下に2切れ乗っているのが卵を焼いたものですが、火を通す前は緑色をしているのだそう。そんなことはつゆ知らず、なんの先入観も持たずぱくり。うわぁ、うめぇやこれ。ぷちぷち、ほろり、ほっくりほろほろ。泥臭さなども感じず、なんとも魅惑の凝縮感を持った魚卵の旨さに脱帽。
初めてのなまずのおいしさにがっつきつつ、ふと我に返りしらうおとほうれん草のおひたしを。ふんわりとしたしらうおはおだやかな旨味にあふれ、これは地酒が欲しくなる。昆布が入ったお吸い物も味わい豊かで、これはいいお店に出逢えたもんだともう大満足。

数年前、うなぎの代用として注目されかけたという記憶のあるなまず。旨味や脂のりが弱いとの言われようでしたが、それはあくまでうなぎの代わりとして考えればのこと。
こうして初めて食べて、なまずの魅力にすっかりやられてしまった。決してうなぎの代役などではなく、なまずはなまずとして確固たる旨さををもった立派な食材。これはきっと、天ぷらやから揚げ、フライなんかにも合うんだろうな。そんなことを考えつつ雨の中歩き、おいしいなまずやしらうおを育んだ小川原湖へ。

高台の公園から雨に煙る湖水を望み、湖畔を離れ山側へ。すると眼前には、なだらかな斜面に広がる雄大な畑。この葉はかぶだろうか。濡れた葉の艶やかな緑がうつくしい。

そういえば、近所のスーパーでも隣町の名を冠した野辺地かぶが売っている。このあたり一帯は、きっとかぶの名産地なんだろう。以前味わった根の甘さと葉の瑞々しさを想い出しつつ、みちのくの情緒漂う生活道路を宿を目指して歩きます。

傘はさしていたものの、すっかり雨に濡れてしまった。夏とは思えぬ涼しさに、ちょっとばかり冷えた体を温めようと露天風呂へ。
昨日よりも気温が低いためか、今日の湯温はまさに適温。肩まで静かに沈めば、惜しげもなくざぁざぁとあふれ流れてゆく源泉。その肌あたりはとろりとまろやかで、やさしくもしっかりとした熱を体の奥まで届けてくれる。

すっかり気に入ってしまった温泉と外気の交互浴をじっくり愉しみ、心身の芯からほっくほくになったところでご褒美を。湯上がりの火照りに沁みゆく、冷たいビール。そしてなによりも、窓から入る天然のクーラーが一番の贅沢。

気が向いたら新鮮な源泉と戯れ、茹だったら風と畳の冷たさに身を任す。灼熱地獄の東京では考えられない夏休みの形に蕩けていると、気づけばもう夕食の時間。今夜もおいしそうな品々が迎えてくれます。
まずはサービスの冷たいドライをコップに注ぎ、スモークサーモンやいかとカニカマのサラダから晩酌開始。にんじんの白和えは、やわらかな味付けに奥行きを持たせるみそのコクが堪らない。
ビールを飲み干し、お茶碗に持ち替えがっつり食事。たいやサーモンのお刺身に、レモンの爽やかさがうれしいカレイのムニエル。ピーマン入りの麻婆なすはとろ旨で、夏野菜の力をもらえるようなおだやかながらピリリときいた辛味がこの季節にぴったり。
それにしても、このお宿の卓上炊飯器システムは人をだめにする。ただでさえおいしい青森米を、そんな善き状態で出されたら。食べすぎとは思いつつ、米っ喰いの僕は欲求に抗うことなどできやしない。
おいしいおかずとともに、どんどん進む白いご飯。でも今夜は、最後の1杯を温存。というのも、もくずがにのお味噌汁が圧倒的だったから。
小川原湖名産のもくずがには、クセや臭みはないが驚くほどの濃厚さ。甲殻類ならではの豊かな旨味甘味と、かにみそのふくよかさ。それが凝縮されたお味噌汁の旨さは言わずもがな、行儀悪いと思いつつ最後は欲望のままにねこまんまで完全勝利。

いやぁ、旨かった。案の定ぱつんぱつんになったお腹を落ちつけるため、畳にごろり。涼やかな夜風に当たり隙間ができたところで、今宵も青森の酒を傾けることに。
そんなお供にと選んだのは、八戸酒類の三戸のどんべり。昨晩の如空は五戸の工場で造られているのに対し、こちらは八戸の八鶴工場で醸造。含めばとろりとまろやかで、コクのある旨味や心地よい甘酸っぱさが濃密さとともに舌の上へととろけてゆく。

お気に入りのどんべりに舌鼓を打ち、こころもほんのりほぐれたところで夜の露天へ。聞こえるのは、どぼどぼと湯の投入される音と雨の音。目を閉じじっくり耳を傾け、火照りを感じたらベンチに腰掛け。
一見普通の町に思えるこの場所に、こんなお湯が隠されているとは。どうしても、旅先の候補を探すときは聞き覚えのある温泉地に目が行きがち。でも今回は、南部と津軽を回る旅の「入口」に着目したからこの湯この宿に出逢うことができた。
男女別の内湯に露天、さらにはいくつもの風呂付き客室。そのどれもが、すべて源泉かけ流し。それも湯温が下がるからと、お湯を止めるなとまで書かれている。勢いよく投入されあふれてゆく源泉に揺蕩い、この町の地下に眠る湯の力と量の迫力を全身に受け取るのでした。



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