湯けむりへの轍 ~乗合自動車、みちのくへ。4日目 ①~

大沢温泉自炊部湯治屋朝の廊下

大沢温泉で迎える2度目の朝。いつもならやっと折り返し地点というところですが、今回はもうすぐお別れ。残り少ない大沢温泉での時間を、できる限りのんびりと過ごします。

別れ際に大沢の湯をもう一度
朝風呂で湯けむりと朝の空気を思い切り吸い込み、定番の花巻納豆で朝食を。いつまでもこんな朝を迎えられたらいいのに。何度訪れても、贅沢な願いが頭をよぎります。

そして近付くチェックアウトの時間。ひとり静かに、最後の大沢の湯を味わいます。流れる川音、落ちる湯音。それらの水の奏でる音色の中に聞こえる、秋の葉音。

幸せだ。こうして何度も訪れることができている。それって、本当に幸せだ。よしまた次も来よう。

いつもなら若干の未練を含む去り際ですが、今回は素直に来てよかった!というすっきりとした心持ち。それはまた次があることを確信しているから。その想いを大きな露天に託し、しばしの別れを告げます。

花巻南温泉峡無料送迎バスから眺める黄金色の田んぼ
江戸時代の湯屋に見送られ、山水閣の玄関から『無料送迎バス』に乗車。落ち着いた雰囲気ながらも立派なロビーに、同じ宿に滞在していたことが嘘のように感じられます。

でもやっぱり、僕の居場所は自炊部湯治屋。実は今回、当初は山水閣や菊水館での宿泊を検討していました。それは単純に泊まってみたいと思う以外に、自炊部を2泊でなんてもったいないという気持ちがあったから。

でもいい宿は何泊でもやっぱりいい宿。これまで4泊、6泊と滞在型で過ごしたため、2泊では絶対に物足りないだろうと思っていました。ですが実際はそんなことは杞憂に過ぎず、いつも通りのゆったりした時間を存分に愉しむことができました。

あぁ、また山水閣や菊水館のチャンスが遠ざかる。もう僕は大沢温泉自炊部が無いといられない体になってしまったのかもしれない。2泊で感じた変わらぬ滔々たる時の流れに、再訪を誓わずにはいられないのでした。

材木町公園内旧花巻町役場花巻市民の家
秋色に染まるバスの車窓に想いを重ねていると、気付けば花巻駅に到着。列車の時刻までまだ時間があるので、あてもなくふらふらと歩いてみることに。

駅前の看板を見てみると、それほど遠くないところに僕の好物が眠っている様子。早速地下道で駅の西側へと回り、幹線道路沿いを南下します。

すると見えてきた、破風が目を引く立派な建物。この渋い木造建築は旧花巻町役場だそうで、現在は花巻市民の家として使われています。

材木町公園に保存されている花巻電鉄の車両
隣へと目をやれば、そこに佇む小さな電車。大沢温泉や鉛温泉へ向けて走っていた通称馬面電車、花巻電鉄の車両が保存されています。

これまで写真でしか見たことのなかった馬面電車。車内や横を走る車との比較でもその細さは充分に伝わってきましたが、この目で見てみるとその特異なフォルムは想像以上のもの。

花巻電鉄馬面電車驚異の細さ
側面からでも感じる異様な細さ。それを確かめるべく正面へと回り込めばご覧のとおり、驚異の車体幅。薄く間延びしたような顔に、これほど愛称が似合う電車もそうは無いだろうと思わず納得。

花巻電鉄馬面電車の横に立つ写真入り説明板
横には現役当時の姿を伝える写真がたくさん並ぶ説明板が。僕の生まれるひと回り前って、こんな時代だったんだ。そう思うと、どうしてもやはり切なくなってしまう。

知らない人とひざを突き合わせつつ馬面電車に揺られて向かう大沢温泉は、きっとまた違う趣があったはず。

建物は変わらずとも、変わってしまった時代や世の中。あと20年早く生まれていれば。不可逆という理不尽さに、これまで何度涙を呑んだことだろう。そう思う僕は、やっぱり変わり者なのでしょう。

復活したマルカンビル
僕の憧れの時代へと想いを馳せ、その名残にほんのりと心温まったところでお昼の時間に。今回は花巻の名物に逢うため、このレトロなビルへとお邪魔します。

マルカンビル大食堂の巨大なショーケース
以前はマルカンデパートとして営業していたこのビルですが、老朽化による耐震工事の費用に苦しみ、惜しくも閉店してしまいました。

2年前の同じ時期、初めて立ち寄ったこの大食堂。そのときは閉店してしまうとは思いもせず、そのニュースを見た時には非常に残念に思いました。

ですがその後有志によるクラウドファンディングにより、百貨店の象徴ともいえる大食堂が復活。それを知って以来、花巻に来たら絶対に!と思い続けてきました。

ワクワクしつつエレベーターを降りれば、そこに広がる2年前と変わらぬ光景。温かく穏やかなレトロ感と、その空間に満ちる人々の活気。出迎える大きなショーケースは、得も言われぬ高揚感を誘います。

大復活を遂げ変わらぬ姿で愛されるマルカンビル大食堂
見事復活を遂げた『マルカンビル大食堂』。長年人々に愛され続けてきた姿や世界感は2年前と全く同じ。僕のような観光客が混ざる中で、地元の言葉が溢れるその賑やかさもまた懐かしい。

花巻マルカンビル大食堂名物のナポリカツ
前回は食堂の名を冠したマルカンラーメンを食べましたが、今回は名物であるナポリカツを注文。訪れる人の半数以上は頼んでいると見え、各テーブルに続々と運ばれてゆきます。

その姿を目で追いつつ待つことしばし、ついに僕のテーブルにもやってきました。まず目を引くのはそのボリューム。

大ぶりのとんかつの下にはこんもりとナポリタンが盛られ、横にはたっぷりの生野菜が。これで確か780円。お手頃価格も人気の理由のひとつです。

そして肝心の味のほうはと言えば、見た目通りの裏切らない安定感のある美味しさ。カツは想像以上にカリサクっと揚げられ、衣の香ばしさがデミソースによく合います。

ナポリタンは期待していた太め、柔らかめのあの食感。意外にもケチャップ感が強くなく、程よく甘味と酸味がバランスのとれた美味しさ。粉チーズとタバスコを掛ければ、より昔懐かしさを味わえます。

花巻マルカンビル大食堂名物のソフトクリーム
カツにナポリタンと、大人も子供も大好きなワンプレート。そのボリュームに残す人も散見されましたが、意外とみんなぺろっと平らげ、そしてさらにこれを食べています。

これまたマルカンビル大食堂名物である、ソフトクリーム。コーンから出ているだけで10段は巻かれています。

ナポリカツを食べ終わり、ミニソフト(1/3の量)を買うつもりでレジへ。ミニソフト130円、ソフトクリーム180円。その差はたった50円。その卑しさが後々響いてくるのです。

この高さのため、普通の食べ方では無理。そこでみんな一様に割り箸で食べています。僕もそれに倣い早速ひと口。甘すぎず濃すぎずのさっぱり感、これなら最後まで飽きずに食べられそう。

箸で切ると中心には穴があり、全てソフトが詰まっているわけではありません。そうか、だからみんな平気な顔して完食するのか。

そう思ったのも最初の5口ほど。量的な心配もあるのですが、何より一番は溶ける前に食べきれ!というプレッシャー。

ナポリカツで満たされたお腹に次々と落ちゆく、冷たいソフト。食べても食べてもなかなか低くならないその姿に、思わず遠い目をしてしまいそう。

コーンから出た部分を食べきり、ようやくひと安心。あとは溶けてもコーンが守ってくれる。そう思い最後はゆっくり味わい平らげました。

完食後に感じる妙な満足感と達成感。それに反比例し、食べている最中は無心になってしまう。悟りを開かせてくれそうなデザートはそうもないだろう。マルカンのレトロさとビッグさをお腹一杯味わい、一層この大食堂が好きになるのでした。