栃尾又のぬる湯にほぐされ2日間。身も心も清々しく迎えた3日目の朝。
まだ薄暗い時間帯、6時過ぎからのんびり浸る霊泉したの湯。目をつぶりじっとお湯を感じていると、射し込む光がだんだんと強くなってくるのを感じます。
1時間ほど湯浴みを楽しみ、部屋へと戻ります。すると廊下の外にはこの景色。眩い朝日が雪を輝かせ、抜けるような青空が一層その白さを際立てるかのよう。
朝湯ですっかり体も目覚め、お待ちかねの朝ごはん。久々に食べる塩鱈はふんわりと焼かれ、淡白ながらこんなに味わいがあったのかということを再認識。
もやしとハムの和え物やれんこんのきんぴらも、ご飯をより美味しくしてくれるほっとする味付け。お味噌汁にはなめこがたっぷり入っています。
そして今日も、美味しい美味しいラジウム納豆で締めくくり。ふっくらと炊かれた魚沼のこしひかりとの最強タッグに、やっぱりご飯をおかわりしてしまいます。
パンパンのお腹を抱え、部屋へと戻る道中。本館との渡り廊下からは、この旅一番の快晴に映える大正棟の姿が。
どこまでも澄んだ青、煌めく白銀、それらと対するかのように、渋さを滲ませる木造旅館。場を引き締めるような存在感は、現代のコンクリ建築には決して出せない、経年変化する木材ならでは。一世紀豪雪に耐え抜く、人の手仕事の結晶です。
部屋でだらだら過ごす食後のひととき。満腹感も落ち着いたところで、再び霊泉したの湯へ。したの湯は、谷底に湧く源泉の直上に設けられた湯屋。建物は変われど浴場の位置は昔から変わらないという、栃尾又のシンボルともいえるお風呂。
湯の沢川が刻んだ谷底から湧く、栃尾又のラジウム泉。そこへと向かう道のりは、この通り長い長い階段となっています。そういえば8年前も、この雰囲気に圧倒されたんだっけ。
夏油、塩の湯、作並、そして今は宿泊できない不動湯。谷底へと長い階段を下る温泉にはいくつか泊まりましたが、思い返せばこの栃尾又が初めての経験だった。
8年という間に様々な温泉を巡ってきたこと、そしてその間ここがこうして変わらず居続けてくれることのありがたみを噛み締めつつ、一段一段踏みしめ下ります。
不感温浴を楽しめる霊泉したの湯。長く静かな湯浴みを終え、ロビーへと足を伸ばすことに。ロビーにはコーヒーやどくだみ茶、源泉が置かれ、宿泊者は自由に飲むことができます。
窓から溢れんばかりに押し寄せる、空の青さと雪の輝き。その光に包まれつつ囲炉裏端で飲むコーヒーは、日々の暮らしや日常の自分というものを忘れさせてくれるよう。
囲炉裏端での一息を終え、部屋へと戻りリラックスの続きを。どことなく冬の終わりを感じさせる、温かみ漂う青空。それをつまみに昼ビールを飲むという、駄目な贅沢。もう戻れない。連泊のゆとりを知ってしまうと、いい宿ほど一泊では終われない。
穏やかな時間の流れに支配される、秘湯での午後。その流れに身を任せようと、津南町は津南醸造の純米酒霧の塔を開けることに。地元のお米と湧水で仕込んだというお酒は非常に飲みやすく、すっきりとしながらもお酒らしい旨さを感じます。
楽しい時間というものは、本当にあっという間。気付けば3泊目の午後も、流れるように過ぎていってしまいました。そして予約していた貸切風呂の時間が。今回はうさぎの湯へと入ります。
壁には白と黄緑のタイルが貼られ、装飾につかわれる竹材を模したと思われるタイルとともにいい意味で昭和感を醸し出します。この雰囲気で入る自在館源泉もまた、体と心に沁みてきます。
そして迎えた、夕食の時間。障子を開け廊下へと出れば、もう辺りはすっかり真っ暗に。夜の闇が木造の館内にまで押し寄せんと窓を染める姿に、これがもうここで迎える最後の夜だということを実感します。
食事やお風呂への往復で、滞在中何度も眺めた大正棟。夕闇に漏れる温かい灯りが、その歴史を一層強く滲ませます。明日はもうこの姿を見られない。そう思うと、何とも言えぬ切なさが。相性のいい宿での連泊に付き物の、避けて通れぬ里心。
食卓に着くと、今夜も美味しそうな品々が。地菜の白和えは菜っ葉らしい食感を包むなめらかな豆腐のまろやかさが美味しく、春雨サラダは太めでぶりんとした心地よい歯ごたえが。
巾着たまごにはだしの利いたほんのり甘めなつゆがしっかりと浸み、合わされたにんじんや高野豆腐もこれまた地酒を進めてくれます。
そして驚いたのが、げんこつのような形をしたハンバーグ。ひと口頬張れば、その武骨な見た目通り手作りだということがすぐに分かります。
中の玉ねぎは炒めたものではなく、生の粗みじん。つなぎは少なく、肉々しさを感じる食感と染み出る肉汁。僕もハンバーグを手造りしますが、これはドンピシャ、僕好み。
栃尾又で過ごす夜も今日が最後。ということで昼間にフロントで、岩魚の炭火焼を追加で注文しておきました。
炭火でじっくりじっくり焼かれた岩魚は、嘘偽りなく頭や骨もまるごと食べられる柔らかさ。程よく脂や水分が飛ぶため、口の中に広がる白身のホクホク感と香ばしさが堪りません。
しつこいようですが、この内容で大正棟3泊以上なら1泊8100円。もうこれはまた連泊で来るしかない。僕はまた一つ、危ない宿を見つけてしまった。そう思えること自体が、この旅とこの宿選びが大成功だったという紛れもない証。
8年ぶりに訪れた自在館。良きところはそのままで、でもいい方向への変化もちらほら。その居心地の良さの進化があるからこそ、また来たくなる。すっきり旨い霧の塔を片手に、静かな山間の夜に再訪を誓うのでした。
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