初の城崎、思い焦がれていた以上の風情に、すっかりこころは酔い心地。ほんわかとした心地よい時間を過ごしていると、窓の外はとうとう色を失い始めました。
もう間もなく、お待ちかねの夕食の時間。ここ山本屋を選んだのは、温泉街の中心地で木造、内湯に露天があるというだけでなく、これから頂く夕食プランがあったからこそ。蟹は一昨年食べました。この地でのもう一つの主役と言えば、やはり但馬牛です。
今回予約したのは、楽天経由の特選但馬牛づくし会席プラン。いろいろなお料理の中に但馬牛が散りばめられた、それぞれ表情の違う但馬牛を味わえるプランです。
右上にあるのは、但馬牛のコールビーフサラダ。ローストビーフにされ、冷やされて落ち着いた但馬牛は口どけが良く、噛めばしっとり、閉じ込められていた香りと脂が広がります。
これは初めての美味しさ。温かいローストビーフよりも一層牛の風味が封じ込められ、それでいてくどくなく、ただただ旨い。やはり上質な但馬牛だからなのでしょう。
そして添えられていた野菜がまた美味しい。しゃきしゃきを通り越し、ジャッキジャキの食感。こんなにパリパリいうサラダを口にしたのは久しぶりのことです。
冬の日本海側らしくお刺身も新鮮で、白身の歯ごたえが心地良い。蟹はどうしてもこの時期にここに来れば付いてくるので、まぁあったらあったで食べるかくらいに思っていましたが、身も味もしっかり詰まっており、思いがけず無言で食べてしまいました。
会席プランだけあり、但馬牛以外にもお料理が出てくるのも嬉しいところ。手前の前菜はいか漬けやおから寿司、さざえ煮などが並びます。特にしめ鯖を菜っ葉のお漬物で巻いたものが美味しく、これだけでもお酒が進んでしまいます。
中央の茶わん蒸しは但馬牛入り。最初プランのメニュー紹介で見た時は、茶わん蒸しに牛肉!?と味の想像が全く尽きませんでした。が、ひと口食べてみるともう虜に。
丁度良いゆるさの茶わん蒸しの上には、とろみの付いた上品なお出汁と、柔らかく火の通された但馬牛。但馬牛から出た旨味を残さず抱くお出汁は絶品で、口当たりの良い茶わん蒸しと一緒に口へと流し込めば、喉から体へ染み入るかのようなじんわりとした美味しさに包まれます。牛臭い牛肉ではこの味は出ないはず。嫌みやくどさが全くないのに、濃厚な牛の旨味だけが活きている。こんな食べ方、あるんだなぁ。
そして奥には、但馬牛のしゃぶ鍋。中には野菜も入っており、お肉も結構な大きさ。さっとしゃぶしゃぶしてごまだれへ付け、いざ口へ。もう、説明、いらないですよね。但馬牛、旨すぎる!!
これだけ旨い料理が並べば、お酒もいっぱい欲しくなるというもの。こちらの旅館は、直営で地ビールを醸造しているため、お部屋でも美味しい生の地ビールを飲むことができます。
今回注文したのは、カニビール。といっても原料に蟹が使われている訳では無く、繊細な蟹に合うビールとして試行錯誤されたことからつけられた名前だそう。
濃いめの色合いから、濃いクセのある地ビールを連想しましたが、蟹に合うというだけあり味わいは優しめで、ほんのりとした甘味を感じます。炭酸も抑え目でコクがあり、それでいて地ビールの独特な香りは控えめ。最初の一杯で日本酒に切り替えるつもりでしたが、意外に料理に合うのでおかわりしました。
それでもやっぱり日本酒党の悲しい性。和食が並べば、どうしても喉が地酒を恋しがるのです。そこで注文したのが、地元兵庫の香美町の、山廃特別純米香住鶴。すっきりとした口当たりの中にもほんのりとした甘味を感じ、後味さっぱり、そして心地よく残る酸味。食中酒にまさにぴったりな味わい。
そして最後にして一番のメイン、但馬牛の和風ステーキが登場。さっと塩コショーがしてあるので、まずはそのままひと口。
しっかり焼けている見た目とは違い、中は丁度良いミディアムレア。ほどよい噛みごたえと、中から溢れ出る肉汁。その肉汁は脂質のものでは無く、さらりとした、まさに牛のジュースといった感覚。
添えられたステーキソースは梅しそ風味のさっぱりとしたもので、おろしや白髪ねぎと一緒に但馬牛に絡めれば、また違った美味しさを楽しめます。
やっぱり僕は但馬牛が好き。神戸ビーフも但馬牛の中のブランドのひとつですが、やはり味の系統が似ている。脂の旨さに頼るのではなく、赤身の旨味が濃厚。その旨味の土台があってこその、脂のコクと甘さ、そして香り。
決して赤身好きな訳ではありませんが、肉である以上は赤身の旨味が旨味の中心でいてほしい。そんな僕の好みにバッチリ当てはまる、ドストライクなお肉です。
コールビーフ、茶わん蒸しにしゃぶしゃぶ、そしてステーキ。それぞれ表情の違う但馬牛を味わい、大満足の晩餐となりました。
期待通りの旨さを堪能し、満たされた気分で見下ろす城崎の街。外はすっかり暗くなり、白熱灯の温かみのある灯りに包まれています。
お腹も一段落したところで、再び地酒を味わいます。外湯めぐりの途中、酒屋さんで試飲して購入した、兵庫県は朝来市の此の友酒造、但馬純米しぼりたて。
しぼりたての名の通り、口から鼻へと抜ける華やかな香りが印象的で、試飲してすっかり気に入りました。香りだけでは無く甘みもあり、バランスのとれたフルーティーさ。なおかつ後味がベトつかず、飲んで飲み飽きない美味しいお酒。
旨い料理に旨い酒、初の城崎を肌で、味覚で、目で、心で、自分の全てで味わう夜。幸せ、このひと言に尽きる、そんな時間。
宿泊客は皆夕食を終えたのか、再び道には下駄の音と談笑の声が響き始めます。それに気づきふと外を眺めれば、さらさらと流れる水面に映る、煌めく灯り。ほろ酔い気分で眺めれば、その輝きは一層印象深いものとなり、眼の奥に沁みてゆきます。
城崎温泉、憧れ続けたこの地での夜。思い描いていた温泉場の風情に居ても立ってもいられず、夜の温泉街へと飛び出すのでした。
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