昨日もそれなりに良い天気でしたが、今日は本当に晴れる予報。この旅一番の晴れの予感を感じさせる清々しい大沢の湯で朝の湯浴みを。揺れる湯面に煌めく朝の光が、心の奥の奥まで明るく照らしてくれます。
湯治生活も4日目ともなると、体の芯からほぐれ、今までの疲れなどどこかへ行ってしまったかのような体と心の軽さ。爽やかな朝風呂を楽しみ、朝ごはんを食べにやはぎへと向かいます。
途中の廊下では、朝の陽と渋い手すりが織り成す幾何学模様が、磨かれた通路に延々と映し出されています。古き良き木造建築には、現代の建物には出せない自然との調和から生まれる美しさがあります。
雨には雨の、曇りには曇りの良さがありますが、やはり晴れの清々しさは格別。この旅で初めての晴天に心洗われ、爽やかな気持ちで頂く朝食。昨日とはまた魚や小鉢の内容が変わった和定食を、時間を気にすることなくひとり静かに食します。
朝食後、恒例となったまどろみタイムを愉しみ、再びお風呂へ。大沢の湯で散々眺めたこのアングルも、晴れた日の表情はまた違うもの。
春まだ浅いと思っていた山の木々も、何となくもうすぐ芽吹きそうな気配を感じる柔らかさ。川を流れる水も穏やかなひすい色で、土手にはすでに草やふきのとうなど、春の息吹がじわじわと足元から溢れています。
あと数週間で、きっとこの息吹が山全体を包み込むのでしょう。叶うならば、その時期に訪れてみたいものです。
穏やかな春の露天を存分に愉しみ、お昼の時間。やはぎでお昼を頂くのも今日が最終日。何にしようか昨晩から考えていましたが、やっぱり気になっていた中華そばを注文。
昔懐かしの中華そばをモチーフに作られているようで、薄い色のしょう油スープに、細い縮れ麺が沈んでいます。具はチャーシュー、玉子、のり、メンマ、なると、長ねぎ。絵に描いたようなスタンダードなしょう油ラーメンです。
食べる前から懐かしい感じを受けつつスープをひとくち含むと、思いがけずしっかりだしを感じる旨口のスープ。薄めの色の通りしょう油は控えめで塩辛さは無く、それでいてしょう油の風味はしっかり活きている。
麺はつるしこというより小麦を感じる昔懐かしい感じ。このスープの濃さには、これ位の麺が丁度良いでしょう。いい具合に縮れているので、一口ごとにスープを口へと運んでくれます。具はそれぞれご想像の通りのシンプルな味。
今ラーメンは進化をしすぎて奇抜なスープや異常に太すぎる麺、奇をてらったトッピング等で差別化を図るお店が増えています。そんな中で、ラーメンの基本はスープと麺で、具は脇役だということを強く思い出させてくれるようなこの一杯。
シンプルなものをしっかり美味しく作る。これは簡単そうでとっても難しいこと。自炊宿の食堂で素朴で美味しい一杯が食べられるなんて。最後の昼食に相応しい、大満足な一品でした。
部屋へと戻り、最後の湯治の昼下がりを楽しみます。大沢の湯や南部の湯へ行ったり来たりし、本と温泉三昧の休日を味わいつくします。
何度目かの温泉を楽しみ、体が火照ったところでビールをプシュッと。そう言えば、今回の旅ではこれ、やってなかったなぁ。と思い、廊下の窓を開けて手すりにもたれてビールをゴクリ。
午後の陽に照らされた茅葺と水車を眺めながら飲むビールは言葉にならない旨さ。何気ない時間がかけがえのない瞬間になる。本当の贅沢って、こういうことを言うのかな・・・。
自炊湯治の夜も今日が最後。夕方の湯浴みを楽しみ、調理場へと向かいます。今日の仕入れは、鯨の大和煮、長ねぎ、卵。これで確か400円台のお支払い。もう明日へは食材は持ち越せないので、この材料と残った白菜漬けで済ませます。
そして今日も、煮てみます。
恒例となった部屋のコンロでの煮炊きも今日が最後。たった4泊ですが、自分が思っていた以上にこの生活に馴染みすぎて、これからもこんな暮らしが続いていくかのような錯覚に陥ります。こんなに居心地のいい旅先、間違いなく初めてです。
汚い写真でゴメンナサイ。ラベルがあると思って包みを破ったらのっぺらぼうだったので、慌てて被せて撮りました。
最後の夜のお供に選んだのは、僕の好きなお酒のひとつである酔仙を造る、酔仙酒造の春いちしぼり純米生原酒。
絞りたてをそのまま詰めたというだけあり、ふくよかな香りとフレッシュさを味わえる美味しいお酒。甘ったるくなく、それでいてフルーティー。岩手の酒は色々な表情があり飽きさせません。
この酔仙、近所でも売っていたので特に何も考えず買ったのですが、陸前高田にあった会社は津波で全滅してしまったそう。残念ながら、従業員の方の犠牲者も出てしまったそうです。
そんな酔仙酒造ですが、震災後に同じ県内の岩手銘醸の施設を借りて再び酒造りを始めたそうで、このお酒はオールいわてにこだわって、震災後初めて手がけた純米酒なのだそう。
今は大船渡に新工場を建設中のようで、再び美味しい酔仙が手に入るのを楽しみにせずにはいられません。自宅で飲む一升瓶の酔仙も、スーパー白鳥で飲む雪っこも、僕の大切なお酒。来年生まれる新しい酔仙を、今から心待ちにするのでした。
今夜の献立は、鯨の大和煮すき焼き風と、白菜漬け。まだ明るいうちから軽めのつまみでちびちび愉しみます。
小さい頃から大好きだった鯨の大和煮。この旨さは牛の大和煮では到底出せません。今となっては高級品となった鯨の大和煮。小さい頃は熱々のご飯に載せて食べるのが大好きでした。ゼラチン状のタレが熱で溶けてご飯にジュワァ・・・。
そんな美味しさを今回は酒の肴に。作り方は至って簡単。鯨の大和煮を汁ごと残さず鍋に移して水を少量加え、斜め切りにした長ねぎを一緒に煮るだけ。長ねぎが煮えたら卵にくぐらせ頂きます。
鯨の大和煮独特のあのタレの感じが、柔らかく甘く煮えたネギや生卵と相性抜群。ご飯のおかずとしても立派に活躍してくれそう。
鯨のしみじみした旨さを噛みしめつつのんびり愉しむ酔仙。半分ほど残したところで、部屋での最後の晩餐はお開きに。食べ終わった食器を調理場で洗い、行灯のように宵闇に浮かぶ建物を眺めながら部屋へと戻ります。
幾度となく眺め、その度に溜息を漏らしたこの夜の大沢温泉自炊部とも、今夜でお別れ。
始める前は4泊5日の湯治なんて長すぎるかもしれない。そう思っていましたが、いざ最後の夜となってしまうと、あまりにもあっという間。宿から漏れる温かい光を、もう明日は見ることはできません。
今夜のおつまみを軽めにしたのはもうひとつの理由が。やはぎで飲んでの湯治、最初思い描いて結局できなかったそれを、最後の夜は実践したかったのです。
ということで、ごぼうのピリ辛揚げをつまみに、時間をかけてのんびり冷酒を傾けます。このごぼうのピリ辛揚げがまた美味しく、太いごぼうを噛むとシャキッとした心地良い歯ごたえとごぼうのいい香りが広がります。
こんなに太いのに噛み切れるほどの柔らかさ。太いからこそ感じられる濃いごぼうの香り。この旨さとボリュームで300円かそこらだったと思います。自炊湯治もとても楽しかったのですが、やっぱり今度はやはぎ湯治もしてみたいなぁ。
最後の〆として選んだのは、田舎のせいろ。更科のつるしこも捨てがたいのですが、この力強いおそばで、今回の湯治は締めくくります。
太く美味しいそばを啜りながら、次はいつ来ようか。交通費は高いけど宿代が安いから休みさえ取れれば・・・。その気になればいつでも来られるんだ・・・。なんて考えてはいけないことを考えてしまいます。疲れたときの駆け込み寺を見つけてしまった。これは、まずいぞ。
一杯になったお腹を落ち着けたところで、再びお風呂へ。落ち着いた雰囲気が心地良い薬師の湯で再訪の妄想に耽り、のんびり部屋へと戻ります。
この宿が夜に魅せる風情。この写真を見ていただければ、分かる人には分かってもらえるでしょう。絶対にまた来てしまうはず。それも湯治で。そう断言できるほど、心の奥底から魅せられてしまいました、この大沢温泉に。
窓を嵌めている時期では、夜が意外と心地良い豊沢の湯。湯煙に包まれ幻想的な雰囲気の中、最後の湯浴みを愉しみます。
同じ季節でも晴れ、雨、曇りと天気によって表情を変え、朝昼夜と時間によって風情を変える大沢温泉のお風呂たち。たったこの数日間だけでも飽きることなく様々な表情で愉しませてくれたのだから、これが季節が変われば無限大に広がるはず。
こうなってくると、通い詰めたくなる衝動に駆られること間違いなし。実際こうやって記事を書いている今も、早秋か晩秋にでも行けないかと頭を悩ませています。
長いようであっという間だった4泊5日の初湯治。その最後の夜を、いつまでも、いつまでも、気が済むまで愉しむのでした。
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