今夜の宿は花巻市内。仙台からそう遠い距離でもなく、送迎バスの時間まで余裕もあるので、東北本線をとことこ乗り継いでいくことに。
去年の秋に刈り取られたまま、まだ鍬の入っていない田んぼを眺めつつのんびり過ごす車内。東北の本格的な春はまだ先であることを実感させ、東京とは季節が違うことを思わせます。
小牛田、一ノ関と普通列車を乗り継ぎ、約2時間半で北上駅に到着。ここまで来れば花巻までは目と鼻の先ですが、ここで途中下車をして東北の春を先取り!といきましょう。
北上といえば、その名の通り駅のすぐ近くを北上川が流れています。その大河を目指し歩くこと数分、多くのふきのとうと水仙に被われた土手に到着。春まだ遠い、といった面持ちの岩手路ですが、足元には春がたくさん溢れています。
土手を一気に駆け上れば、目の前には悠然と流れる北上川。東京の大河のように高圧線に邪魔されることも無く、見渡す限りの大空が広がっています。
川面の風を受けて堂々と泳ぐ鯉のぼりたち。生憎の空模様ですが、強い風を受けてまるで川を泳ぐかのように、活き活きと踊ります。
広い川幅を楽しみつつ歩くと、古い佇まいの立派な鉄橋が。昭和8年に架けられて以来、今なお現役の珊瑚橋。武骨な鉄材とリベットが生み出す柔らかなアーチが印象的な姿に、思わず見とれてしまいます。
橋の上から眺める北上川は、より一層その大きさを際立たせ迫力満点。上流地点の盛岡ですでに大きな川であった北上川ですが、ここでは更にその大きさを増しています。山がちな東北からはイメージできない、まさに大河の姿。
橋を渡りきり、目指すは北上展勝地。日本さくらの名所100選のひとつであり、みちのく三大桜名所という、まさに春に訪れたい場所。
ですが、ちょっとだけ早かった。まだつぼみはかたいままで、一輪も咲いていません。写真で見たことのあるこの桜並木。満開になればどれほど素晴らしかったことでしょう。
でも、今回の休暇自体、棚ぼた休暇。あと1週間遅ければ、なんて思うことなく、満開の桜を想像しつつのんびり歩きます。
時折吹く冷たく強い風に凍えつつも、のんびり歩けば体は温まってきます。程なくして人の集まる賑やかな場所に到着。サラブレッドとは違う、短くも太く力強い足が印象的なお馬さんが、一所懸命ご飯を食んでいました。
お馬さんが食事の時間なら、僕もお腹が空くはずです。今回桜が咲いていないことを承知の上でこの展勝地を訪れた理由。それはこの時期開かれている桜祭りでした。どうやら、東北のうまいものとうまい酒が楽しめそうだ。そんな花より団子精神で寒風の中ここまで来たのです。
この日は日曜日で、いくつかのイベントが行われていました。丁度着いたすぐ後に北上の伝統芸能である鬼剣舞(おにけんばい)が始まりました。
でも時間の都合上見るか食べるかしかなかったので、仕方なく食べるほうを優先。プログラムを見て楽しみにしていただけにちょっと残念ですが、空っぽのお腹を抱えて湯治宿へ向かうわけには行かないのでここは我慢。
色々な出店がある中、まず選んだのは焼きがき。昨年の震災で被災した大船渡のかき小屋が、同じく被災地の宮城で辛うじて残っていたかきを仕入れて育て、やっと販売できるまでに漕ぎ付けたものだそう。
かき小屋は普通食べ放題なのだそうですが、今回はそんな事情から5個で700円での販売。といっても、東京の相場からしたらめちゃくちゃ安いですよね。
僕はかき小屋の焼きがきを食べるのは初めて。網で焼いたものは殻にジュースが溢れんばかりに溜まっていますが、こちらは鉄板で混ぜながら焼くのであまり汁は入っていません。
ぷっくりと膨れた締まりのいい身を頬張れば、溜息の出るような美味しさ。かきから出たエキスを纏わせつつ程よく蒸発させるためか、いつもの焼きがきの何倍もの濃厚さ。
旨味が凝縮された身は絶妙な火の通り具合で、噛めば芳醇な磯の香りがこれでもかというほど溢れてきます。若干しょっぱくもありますが、それも海から採ったそのままという証。調味料など要らない、海が育てた海そのものの味。かき好きには堪らない逸品です。
遠くから聞こえる鬼剣舞の太鼓の音。その腹に響くような勇ましさを感じつつ楽しむワンカップ、鬼剣舞。かきとの最高の組み合わせを楽しみつつ、この旅初の岩手の美味に舌鼓を打つのでした。
かきの美味しさに思わずもう一皿、となりそうでしたが、思いとどまり色々見て回ります。次に購入したのは、北上コロッケ。
北上特産の里芋、黒毛和牛、白ゆりポーク、アスパラが入っているコロッケを指すようで、お店により色々アレンジがあるのだそう。今回買ったのはシンプルなもので、その4つがしっかりと詰まっていました。
ソースもくれましたが、敢えて何もつけずに一口。さくっとした衣を噛むとじゃがいもとは違ったねっとりとろりとした食感。お肉もゴロゴロと入っており、素材と下味だけで十分な美味しさ。お祭りでワンカップ片手にコロッケ、幸せです。
出店で見ると思わず手が出てしまう川魚。地元の漁協か何かがやっているお店らしく、岩魚のまるっとした姿につられて思わず購入。炭火でよく焼かれた身には、派手さはないがしみじみとした旨味が凝縮し、これまたワンカップに合わないわけが無い。
再びワンカップを買ったお店に戻り腹固め。寒さしのぎの熱燗ひとつと、岩手の郷土料理ひっつみを購入。
ひっつみは所謂すいとんのようなものですが、すいとんのように団子状にするのではなく、耳のように平たくちぎってあるので、つるんとした食感とだしとの一体感を楽しめます。
野菜の旨味がしっかりと染み出しただしは、色は薄めだがしっかり目の味付け。素朴な東北の味覚に、いつしか寒さもおさまり身も心もほぐれてゆきます。
お店のおばちゃんによれば、例年ならもう桜が咲いている時期だとのこと。東京から来たのにこんなに寒いんじゃねぇ。でも東京も今年は寒くて遅れたんですよ。なんて会話を楽しめば、桜なんて関係ない。ここへ来て良かった。そう心から思えます。
美味しい岩手の味と地酒を楽しんだ桜祭り。桜はまだまだでしたが、ほんのりいい気分で並木を行けば、頬だけでなく気持ちまで桜色に染まるような、そんな幸せに包まれるのでした。
桜はまだでも、足元には無数に散らばる春の息吹。風に揺れる黄色が眩しい水仙や、まだ柔らかい緑色をした草の絨毯。
桜の開花に前後して瞬く間に春に包まれる東京と違い、雪に耐えたものたちが雪解けを待って現れる。そんな北国らしい春の訪れかたに、どことなくロマンを覚えます。
未だかたいつぼみの桜と、悠々と風に吹かれる鯉のぼり。東京では季節の異なる2つの風物詩ですが、この地ではこの組み合わせが当たり前なのですね。満開の桜の中迎える端午の節句を想像し、慣れ親しんだ季節の流れ方とは違うことに、改めて思いを馳せるのでした。
橋の手前でさっきのお馬さんと再会。僕の少し先を小気味良いひづめの音を刻みつつ歩んでいたお馬さんは、ここで方向転換し再び戻っていきます。
がっしりした骨太の骨格、地面を踏みしめる足、短めで丸みを帯びた顔、そして長いまつげの奥のつぶらな瞳。馬は見れば見るほど本当にかわいい。
ぽっく、ぽっく、というのんびりしたリズムに送られながら後にするさくら祭り。いよいよ、未知なる世界である湯治という魔境へ。その瞬間に胸を膨らませつつ、北上の街をのんびり歩くのでした。
コメント