旨いものと美しい景観で楽しませてくれた熊本ともお別れの時。古き良き国鉄の重厚さを備えた熊本駅を眺めれば、この地を離れたくないとの思いがどんどん強くなってしまいます。それでも、この先まだ見ぬ大分、福岡が待っている。そう自分に言い聞かせ、改札内へと入ります。
熊本、本当に良い街でした。初めての訪問ですっかり虜になってしまいました。
新幹線ホームで待つことしばし、乗車するさくらが到着。来るときは800系でしたが、今回は九州新幹線全通の際に作られたN700系に乗車。初めて乗る車両にワクワクです。
それにしても、この車両は本当にかっこいい。最初写真やテレビで見た時ははっきり言って印象最悪でした。いくら磁器をイメージしたとはいえ、電車にこの色は無いよなぁ、なんて思っていました。
ですが、入線してくる姿を一目見た瞬間、この色!!!!と釘付けに。たぶんこの車両、日本で一番写真写りが悪いと言っても過言ではないのでは。自分で撮ったこの写真も、やっぱり実物の色とは別物。
あの美しさは生で対面しないと分かりません。サイドのラインも濃い藍色と、上品に配された金色がいいアクセントに。東海道を走るものと同じ形式とは思えません。
指定席は山陽・九州お得意の4列シートですが、今回は自由席利用のため、新幹線らしい5列シート。内装は基本的には普通のN700と似通っていますが、化粧板や座席の色を工夫するだけでこんなに雰囲気が変わるものかと驚きます。
作りは同じでも、少しの違いで旅の楽しさを演出できる。東海道新幹線もこんな車両が走ってくれればなぁ。叶わぬ願いを思わず抱いてしまいます。
次の目的地は別府。本来なら熊本から豊肥本線で行くはずでしたが、昨年の九州豪雨で一部不通区間が発生しているため久大本線回りで行くことに。
ということで、久留米で新幹線を下車し、久大本線の特急に乗り換えます。久大本線といえば、湯布院。湯布院と言えば、もうこれしかありません!ゆふいんの森です。
このゆふいんの森は、平成の最初の年に登場したリゾート特急。それまでの鉄道には無かった斬新なデザインと色合いに衝撃を受けたことを今でも思い出します。
今回やってきたのは、そんな登場時から走り続けるゆふいんの森Ⅰ世。由布院発着の便はその10年後に登場したゆふいんの森Ⅲ世が使用されています。
中へと入れば、いきなり非日常的なデッキがお出迎え。子供の頃からの憧れの車両との対面に、年甲斐もなく童心に戻ってはしゃいでしまいます。
車内は大きな窓が続き明るい雰囲気ながら、木や金といった内装材がデラックス感を演出。平成元年、バブリーな感じが濃厚に漂います。それは決して嫌みなものではなく、もう今の時代では絶対に作れないだろうなぁ、と感心してしまういいお金の掛かり方を感じさせます。
古き良き欧州の列車をイメージさせる内外装もさることながら、眺めの良さもこの列車の売りのひとつ。他の車両よりも高い位置で眺めを楽しめるハイデッカー構造、大きな窓が並ぶ側面、前面は運転席越しの展望席となっており、九州の山の景色を思う存分楽しむことができます。
この車両はハイデッカー構造のため、ワゴンによる車内販売はありません。その代わり、編成の中ほどにビュフェが設置され、そこで飲み物や軽食、グッズなどを買うことができます。
早速ビュフェで生ビールを買い、席に戻って乾杯を。それにしても、久留米から久大本線に入った途端揺れる揺れる。
ビールも自席までの道のりを考慮してか蓋がしっかりと閉められていましたが、両手にビールで激しく揺られると、思わずギュッと握ってこぼしてしまいそう。座席のテーブルも揺れを考慮してか、飛行機やバスのようなカップを穴へとはめ込むスタイル。この先どうなることやら。
列車内での贅沢な生ビールで喉を潤し、早速駅弁でブランチを。久留米で購入した久留米(グルメ)弁当を開けます。
とここで注意情報。久留米駅は、新幹線も在来線も合わせて改札内には駅弁は売っていません。そういえば、熊本駅も新幹線改札内には無かったような・・・。後で調べてみると、やはり九州新幹線の改札には基本的に売店が無い模様。
今回は駅員さんに事情を話し、改札外の売店まで行かせてもらい事なきを得ましたが、途中下車のできない切符を使用する場合、駅弁を買う際は駅に入る前に購入しておきましょう。(ということは乗換駅の駅弁が楽しめないじゃん!)
「新幹線」という頭で行き、地味だけど本当に困った経験はここまでにして、駅弁の中身へとまいります。
蓋を開けると目を引く抹茶色のご飯。久留米産のお米を使った茶飯はほんのりとした苦さとお茶の風味。その周りには、久留米生まれの様々な食材を使ったおかずが並びます。
上は久留米地鶏のおかず。親は酒粕漬けになり、子は磯辺だし巻きに。左は福岡の郷土料理、がめ煮。筑前の郷土料理ということで筑前煮と呼ばれ、僕らはその方が馴染があります。
といっても、僕が慣れ親しんだ筑前煮とは全く違う味付け。色が薄いのだけれども甘さが強め。日本食の中でも煮物は特に郷土色が現れ、食べていて楽しいメニューのひとつです。
下はアスパラの胡麻和えに、大根の旨煮きのこあんかけ。この大根は善太郎ダイコンというそうで、とってもジューシー。右はもちもちとした食感が美味しい生麩の串田楽にやましお菜。
この聞き慣れないやましお菜は、江戸時代から栽培されてきた菜っ葉だそう。独特のぴりりとした辛味があり、菜っ葉好きとしては堪らない美味しさ。これだけで焼酎が進んでしまいます。
そういえば、これが人生初の九州駅弁。これまで訪れた土地とはまた違う駅弁の味付けに、今一度遠くまで来たものだとしみじみ噛み締めます。
駅弁のお供として切っても切り離せない流れる車窓。2月初めだというのに、田んぼはすでに草の淡い黄緑色に染まっています。
ゆふいんの森は巨体を揺らし、唸りを上げてぐんぐんと山へと挑みます。久大本線の保線がアレなのか、それともだいぶ昔の気動車の台車を履いたこの車両がナニなのか。
とっても良いイメージのあるゆふいんの森ですが、乗り物に弱い人は要注意ですぞ!電車好きな僕が言うのだから間違いない。平成も四半世紀を迎えた今、こんな過激な「本線を走る特急」は中々無いでしょう。
そんな揺れに手ぶれしそうになりながらの1枚。以前その存在を知って驚いた「沈下橋」。色々なところにあるようですが、ここ大分県が一番多いとのこと。初めて目にする沈下橋に、思わずテンションが上がってしまいます。
九州の美味と車窓とくれば、やはり九州の旨い酒です。今回のお供は、久留米駅で購入した芋焼酎さくらじま。飲みやすい12度に割水してくれてあります。
車内は結構な混雑でにぎやかな雰囲気。女子会らしきグループやおばさまグループ、海外の観光客の中で渋く焼酎をちびちび。
旨いけど、ゆふいんの森の雰囲気とは違うかな。でも、お酒美味しいからまぁいいか。おしゃれに楽しみたい方は、ビュフェにワインなんかも売っているのでそちらをどうぞ♪
列車は車内放送の直後に徐行運転。車窓には、国道越しに立派な滝が現れます。慈恩の滝というこの滝は、滝の裏側を通ることが出来るよう。これだけの水量を落とす滝の裏側、見てみたかった。夜間はライトアップされるようです。
進むごとに車窓は山深さを増し、狭い谷を川と道路、鉄道で仲良く分け合うまでになりました。九州を訪れるのは2度目。前回はバスで回ったためそれほど感じませんでしたが、勾配や曲線に制限のある鉄道に乗ってみると、想像以上の山深さに驚きます。
山を抜けるたと思うと一気に視界が広がります。開けた先に姿を現す特徴的な形の山。日本昔話に出てきそうなテーブル状の山は、その姿から伐株山と名付けられています。
印象的な伐株山が見えるともうすぐ豊後森駅。木の電信柱にホーローの駅名標と、こちらも古い絵本から飛び出したかのような味のある停車場。
豊後森駅を出発してすぐ、右手に大きな機関庫が見えてきます。日本で現存する扇形機関庫としては、京都の梅小路とここ、豊後森だけ。梅小路の方とは違い、廃止されてからそのままの姿に、ちょっとした感傷を覚えます。
由布院で九割方の乗客を降ろしたゆふいんの森。この列車ができた頃起きた由布院ブーム。それから時が過ぎた今もその人気は健在で、この日も平日だというのにかなりの人数。由布院の集客力の高さに驚かされます。
由布院を発車しぐっと静かになった車内。トイレに行くついでにラウンジに寄ってみることに。木をふんだんに使用した落ち着きのある車内と、車窓を包む木々の緑が相性抜群。
登場から四半世紀を過ぎようとしているこの車両。細部には隠せない古さがちらほらと見て取れますが、それを補って余りある楽しさがこの列車にはあります。乗りたくなるような車両が多く存在するJR九州。その原点とも言えるこの車両は、今でも元気に輝き続けています。
列車はこれまで登った分をすべて吐き出すかのように、ぐんぐんと勢い良く山を下り続けます。車窓から山深さも消え、長閑な田園風景が再び広がります。
それにしても、この列車は本当に揺れる。先ほどはべた褒めしたこの車両ですが、この揺れは何とかならないものでしょうか。せっかく登場させた良い車両も、良い状態で運行を維持できなければ魅力が半減してしまいます。
列車は大分駅に停車し、別府を目指して最後の力走を続けます。久大本線から日豊本線へと入った途端、あの暴れ馬が嘘のよう。こりゃ久大本線の保線がいけないんだな。JR九州さん、あれでは乗り物酔いしちゃうよ!せっかくの車両なのにもったいない、もったいない。
と苦言はここまでにして、窓に広がる海原を楽しむことに。海に沿ってカーブする線路の先には、山裾に広がる別府の街が。
この旅2ヶ所目の目的地である別府まであと少し。薄らと見える数えきれないほどの湯けむりに、到着が今か今かと待たれるのでした。
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