青森県は弘前駅からいくつも列車を乗り継ぎ、ついに山形県は瀬見温泉駅に到着。空腹と尻痛に耐えてひたすら乗り続けてきたので、到着した時の感慨もまたひとしお。
駅を出たら道路を渡り、目の前からのびる道をのんびりと歩き、瀬見の温泉街を目指します。行く手には、さらさらと流れるきれいな川。暑い夏の午後に、一服の清涼を味わわせてくれます。
道端には、僕の大好きな花である立派な鬼百合がたくさん咲いています。百合の中でも個性の強いこの姿、オレンジ色好きの僕には堪らない美しさ。
川を越えて瀬見の小さな温泉街に入ろうとするその入り口に、今夜の宿である『喜至楼』がお出まし。
テレビで知って以来、来たくて来たくて仕方が無かった、この旅館。本当ならば秋田で竿灯を見るか、山形で花笠を見てからここで最後の1泊をと考えていましたが、ここをたった一晩過ごすのみではもったいないと、ローカル線を延々乗り継いでまで連泊する時間を確保しました。
先ほどの建物は本館、僕の宿泊する棟ですが、宿泊者は隣にある別館の受付でチェックインします。駅から来ると、この別館が先にお出迎え。先程の本館とはまた違った趣に、すでにこの旅館の持つ独特の雰囲気が滲み出てくるかのよう。
早速チェックインし、お部屋へと案内されます。山肌に沿って増築されたその造りは、ベタな表現ですがまさに迷路のよう。別館から本館へと足を踏み入れれば、時間がぐっと引き戻されたかのような渋い空間が広がります。
僕がこの旅館に魅かれたのは、ただ古くて雰囲気があるからだけではありません。他の旅館には無いような、当時の湯屋としての贅を尽くした装飾が、今でもそこかしこに残されているのです。
昼なお暗い館内。鈍い光に照らされる、福助さんや瓢箪などの意匠に目を奪われながら、館内を進みます。部屋の向かいの階段脇には、昔使っていたであろう、見るからに古く立派な火鉢がずらりと詰まれています。
そしてこちらが、僕が二晩を過ごすお部屋。瀬見温泉の通りと川、そして2両編成の陸羽東線を眺められる角部屋です。亀甲模様の美しい障子に、おちょこを模った欄間。
そして僕が一番目を奪われたのが、この鯉の滝登りをモチーフにした装飾。廊下に面する壁に作られた採光用の窓に施されたこの木工細工は、まさに芸術品そのもの。僕の写真力では到底表すことができません。
僕を一目惚れさせた、あの玄関とお風呂とはまだ対面する前。なのにこの空気感にすでにKO寸前。この宿が歩んできた華やかな時間が凝縮されたこの部屋を二晩も独占できる幸せに、すでに来て良かったと満たされるのでした。
コメント