具材たっぷりボリューム満点のお蕎麦でお腹を満たした後は湯めぐり再開。数々のホテルや浴場が湯めぐりチケットの対象となるなかで今回選んだのは、有名な公衆浴場『早稲田桟敷湯』。
今から60年以上前に早稲田大学の学生がボーリングにより掘り当てたという源泉を使ったこの浴場。個性的なこの建物も早稲田大学の研究室によるデザインだそう。
薄黄色の壁と夏空、その太陽が作る影とが重なり、独特な雰囲気を見せる細い廊下。ガラスの無い大きな窓を持つ部屋が左右に広がり、それぞれが休憩室とライブラリーになっています。
印象的な外観そのまま、浴室の中もまた前衛的。壁の塗り分けや高い天井が独特の空間を作る中、木造りの浴槽が大小2つ並んでいます。
その浴槽には3本の樋が掛けられ、源泉がどんどん投入されています。樋の中を見てみると、白い湯の花がびっしり。お湯は濁ってはいませんが、この湯の花と香りで、硫黄がしっかりと含まれていることが感じられます。
いざ入ってみると、肌にさらっと馴染むようなさっぱり、あっさりした浴感。以前宿泊した鳴子ホテルのものとはまた違い、鳴子の泉質の多様さが分かります。
天地の窓から射し込む自然光と、香り立つお湯に包まれる至福の時。熱くなれば横のすのこに上がり、また浸かる。心地よい硫黄の香りを存分に楽しみます。
開放的な休憩室で小休止と水分補給をし、再び鳴子温泉から陸羽東線に乗車。すぐお隣の鳴子御殿湯で下車し、この旅最後のお湯を目指します。
それにしても、暑い暑い。夏の湯めぐりは初めての経験ですが、想像していた以上にハード。休息と水分補給を怠ってはいけません。
駅からほど近く、東鳴子温泉は『高友旅館』に到着。見るからに鄙びた外観に、休みさえ取れればもう一泊、なんて誘惑に駆られてしまいそう。
渋い館内を進み、これまた渋い脱衣所で服を脱いで、いざ浴室へ。扉を開けると見ただけで濃厚と分かるような色をした温泉と共に、石油と硫黄が混ざったようなガツンとくる独特な匂いが鼻へと飛び込んできます。
様々な泉質がそろう鳴子温泉郷でもここだけという、黒湯と呼ばれるこのお湯。色と匂い同様、その浴感も独特、濃厚で、体中にアタックしてくるかのような力を感じます。それは「長湯は絶対ダメ」と体が本能で感じるような強さ。こんな濃厚な温泉は、青森の秋元温泉以来。
そんな黒湯の奥には、プール風呂と呼ばれる大きく深い浴槽が。こちらも違う源泉のようで、黒湯程は濁ってはいません。が、配管や浴槽周りには析出物がたっぷり。こちらも成分が濃いようです。
この濃い2つのお湯を、湯あたりしないように注意しながら出たり入ったり。静かな昼下がり、渋い浴場でこのクセを存分に味わいます。
この旅最後の一浴に相応しいこってりとした温泉を満喫し、ソファーでしばし湯上りの時を過ごします。
窓から漏れる夏の陽射しにより色を奪われたかのような館内。渋い、渋すぎる。ここに泊まる自分が容易に想像できてしまいそうなくらい、この雰囲気は好き。もし次に鳴子に泊まる機会があるなら、ここが第一候補になることは間違いありません。
ふと視線をずらせば、そこには昔懐かしい自販機のステッカーが。これを見るまで思い出すことも無かったこのデザイン。
小さい頃動物園などで買ってもらったはごろものこつぶぶどう味。滅多に飲まないジュースの中でも好きだったその味や食感、デザインやプルタブであったことなど、記憶が一斉に溢れ出るかのように蘇ってきます。
懐かしいと思う反面、こんなシールを覚えているという自分にもびっくり。小さい頃から変わった趣味を持っていたことに苦笑いしてしまいます。
帰り際、押し入れケースを持ってやってきたご夫婦がチェックインしている姿を目撃。どうやらこれから1週間の湯治のよう。あぁ、羨ましい。
そんなことを言ってはバチが当たる。僕も1週間、思いっきり暑い東北の夏を心の底から愉しんだではないか。そして、そんな熱い日々ももう間もなく終わり。夏の太陽を存分に浴びて育つ稲に夏の記憶を重ね、濃密な一週間の最後を感じ始めるのでした。
列車が来るまでの間、最後の夏休みを味わおうと駅の付近を当てもなく散策。抜けるような、そんな表現が似合いすぎる夏の空の下、どこまでも折り重なる宮城の山々。深い緑の山は遠くになるにつれて色の濃さを変え、山深さを一層強く印象付けます。
振り返れば、白い雲と輝く川の流れ。その中で川遊びをする中学生は、東北の夏の訪れを全身で楽しんでいるかのよう。本当に、夏なんだよなぁ。
夏がもたらす暑さ、匂い、空気。それら全てを深呼吸で吸い込み、胸の中へとしまいます。
駅に戻り、田園を眺めながら列車を待つ静かな時間。窓の外には、夏の盛りを絵に描いたような、東北の長閑な景色がただただ広がるのみ。
いくつになっても夏休みは楽しいもの。そう思える心を失くしてしまいたくない。だから僕はきっと、夏の東北に憧れるのでしょう。これまでも、これからも。
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