絶品の山の幸を存分に味わった後は、再び大地の恵み、温泉へ。お風呂への案内板と、その下にある丸窓がすでに良い雰囲気を醸し出しています。
右へと曲がると、とても渋い雰囲気の廊下と洗面所。仕切りの曲線が目を引く洗面台には、細かい白いタイルがびっしりと貼られ、壁にまでそのタイルの装飾は続いています。
丸いカバーの白熱灯、その柔らかい光を鈍く映す木の廊下、そして淡いグリーンに塗られた、板張りの天井。もう好きな人には堪らない空間です。
このお宿のメインであるあのお風呂は、今の時間帯は女性専用。そこで、手前にある男女別のあたたまり湯に浸かることに。
浴衣を脱いで浴室へ入ると、ここもタイルが敷き詰められた空間が広がります。そう言えば、ついこの前まではトイレも、浴室も、色々なところにタイルが使われていました。
それが、気が付けば最近見かけません。タイル自体がすでに前時代的な存在になってしまったのでしょうか。タイル張りを見て懐かしいと思うことが、何よりの証拠なのかもしれません。
楕円の浴槽に掛け流される瀬見の湯。肌触りが良くクセの無い温泉は、飽きることなくじっくり浸かることができます。
程よく温まったところで上がることに。季節は夏。あまり浸かり過ぎると汗が止まらずに大変なことになってしまいます。
脱衣所で汗を拭きながらふと上を見上げると、そこには金太郎と熊さん、そして温泉マークの彫刻が。毛並みの立派な熊さんは歯や舌まで再現され、金太郎は何となくおばさんチックな渋い表情。
ネットで存在は知っていましたが、ここへ来たときはすっかり忘れていました。おもむろに顔を上げてこれを目にすると、やっぱり、ん?え!?と驚いてしまいます。
渋い金太郎のインパクトが冷めやらぬまま、部屋へと戻ります。階段を上がると、そこにはこれまた渋い「お願い」の掲示が。フォントや旧字体、言い回し、そのどれもが古き良き味わいを醸し出します。
そこから上を見上げれば、飴色に輝く天井。廊下から階段へと続く部分では、折り上げ天井を思わせるような優美な曲線で仕上げられ、立派な欄干と共に、豪華な造りであることを感じさせます。
湯上りにのんびりくつろぐ至福の時。木の温もりに溢れた部屋には、ゆったりとした時間が流れてゆきます。部屋も通路も浴室も。どこに居ても独特の美意識に彩られた建築美に包まれる。
そんな贅沢な夜を一層贅沢にしてくれるのが、やはり地酒。新庄駅で仕入れた最上郡は小屋酒造の最上川純米酒を片手に、静かな夜を過ごすことに。
この小屋酒造、創業420年以上で東北最古の蔵元だそう。山形は僕の好きな酒どころのひとつですが、すっきりと飲みやすく、そして飲み飽きない味わいは、じっくりと過ごす夜にぴったり。
地酒と本を少し楽しんだところで、再びお風呂へ。まずは先ほどのあたまり湯の向かいに位置する岩風呂へ。オランダ風呂、あたたまり湯と緻密なタイル張り浴槽が続いたところで、また違った雰囲気で瀬見の湯を楽しむことができます。
そしてついに、ずっと訪れたいと思い続けてきたこのお風呂、ローマ式千人風呂とご対面。こちらもやはりタイルが敷き詰められた浴室で、中央には大きな円形の浴槽がドン、と鎮座。神殿を思わせるかのような高い天井や柱がまた印象的。
こちらは中央の円柱から源泉と温度調節用の沢水が出ており、広い円形の浴槽の中でも温度が若干違います。ここで自分のお気に入りの温度と眺めを探し、のんびり、じっくりと浸かります。
さらにこのお風呂を一層独特な空間にしているのが、このタイル画。ギリシャ神話に出てきそうな神様(ケンタウロスっぽい?)が、湖の女神(それとも大浴場の女神?)に手を差し伸べているという、不思議ながら妙な愛らしさを感じてしまう絵。この神様、絶対に女神に恋してるし。
その画の世界感に目を奪われてしまいそうになりますが、近寄ってよくよく見てみると、この精巧な絵を描くために、ただでさえ細かいタイルを三角や長方形など更に細かく割って埋め込まれています。まさに職人技、この宿には至るところに贅沢が詰まっています。
憧れのローマ式千人風呂との初の逢瀬を楽しみ、体も心も火照ったところでお湯から上がります。そう、焦らなくても今回は連泊。じっくりと時間を掛けて、このお宿を楽しめばいい。そう思える心の余裕は、連泊ならでは。
脱衣所から出ると、そこは先ほどの味わい深い洗面所。しずく型のランプの支柱には装飾が施され、その灯りに照らされる小さいタイル一つひとつが、存在感を訴えかけるかのように浮かび上がる。きれいに手入れされた目の細かいタイルからは、宿の方が大切にここを守ってきた証が滲み出ています。
部屋へと戻り、再び酒と本の静かな時間を。程よく酔ったところで部屋を見渡せば、眼に入る鯉の滝登り。近付いて見てみれば、ひげや目、鱗がしっかりと表現され、何より本物の緋鯉そっくりな色付けに目が奪われます。
艶っぽく輝く真鯉の下には、ほとばしる水しぶき。この緻密さは芸術品そのもの。見れば見るほど惚れ込んでしまいます。
チェックインしてから半日。たった半日、されど半日。そう思うほど、この宿に来てから色々なものを味わいました。
喜至楼が持つ不思議な、独特な世界感。これは一泊だけではもったいない。連泊を決めたことが早くも正解だと思えるほど、濃厚すぎる時間を過ごしました。
焦らずとものんびり味わおう。夜更かしはほどほどに、お酒と迷宮に酔ったところで夢の世界へと落ちてゆくのでした。
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