大人になって初めて泊まる三陸地方。その最初の夜を思いっきり愉しもうと、『海鮮居酒屋山水』にお邪魔することに。
渋い店構えと思いつつ扉を開けると、意外にもお姉さんがカウンターに立っていてビックリ。訪れた時点ではお客さんももう一人だけだったので、入りやすい雰囲気でホッと一安心。小心者の僕は、未だに初めてのお店に飛び入りは緊張するのです。
早速ビールで喉を潤し、その合間にメニューとにらめっこ。やっぱり最初は三陸のお刺身をと決めていたので、悩んだ末にさんまとかじかを注文。すると、一人ならたくさん食べられないだろうから、いいところを一人前で作りましょうか?と嬉しいお言葉。それならばと、もちろんお願いしました。
そして運ばれてきたお皿を見て、まずは驚愕。だって、さんまの刺身が、刀のような輝きを放っているんですもん。秋の刀の魚。その文字通りの美しさに、箸をつけるのも忘れて感動してしまう。これは食べなくても判るほどの新鮮さ。さんまのお刺身は大好物ですが、生まれて初めてこんなにきれいなものを目にしました。
ふと我に返り、さんまをひと口。あの柔らかいと思っていた、青魚だと思っていたさんまは、どこに行ってしまったのだろうか。これまでさんまでは感じたことの無いハリと歯ごたえ、そして臭みの全くない芳醇な脂と、甘さ。
これまでも十分新鮮で美味しいと思って食べていたさんまは、一体なんだったのだろうか。やはり青魚は鮮度が命。産地へ来て食べることが一番の贅沢なのだと、当たり前のことながら、背筋に衝撃が走ります。
お次は手前のカジカの肝和え。中々口に入ることの無いカジカのお刺身が、更に贅沢にたっぷりの肝で和えられています。これまた新鮮で、程よい弾力と上品な白身の旨味。肝はカワハギなどに負けず劣らず甘く濃厚で、これだけで地酒がいくらあっても足りません。
その他にもおすすめで盛り合わせてくれたカンパチや中トロもとても美味しく、この一皿だけでも三陸へ来た甲斐があったと思えるほど。
いくらペースを抑えようと思っても、もう手遅れ。僕の地酒補給スピードは、ぐんぐん上がっていきます。
そのお供にと頼んだのは、さんまの塩焼き。またさんまかよ、と言われそうですが、三陸に来たんですよ?秋に来たんですよ?食べずに帰る訳にはいかないでしょう。
さんまはお刺身も良いけれど、行き着くところはやっぱり塩焼きなのかもしれません。表面をパリッと焼かれた新鮮なさんまは、身に隠していた上品でありながらたっぷりの脂を浸みださせ、生とは全く違う美味しさに。新鮮な物ならではの内臓も、甘味とコクがあり美味。紅葉にさんまに、僕の今年の秋は岩手色♪
しつこいようですが、秋の三陸ですよ!生がきももちろん欠かす訳にはいきません。大ぶりな貝殻に負けないふっくらとした身は、つやつやとハリがあり、見るからに瑞々しそう。
早速大きな口を開けてひと口で。あぁ、溢れ出す海のエキス。三陸の牡蠣も、やっぱり絶品。牡蠣は本当にその土地によって食感や味が違う生き物。三陸のものは、ジューシーさと海の豊かな味わいの深さが印象的。
続いては、これまた好物の白子の天ぷら。しっかり目のさくっとした衣に守られた白子は、噛むととろけるクリーミーさ。添えられた天つゆも丁度良い塩梅で、白子の穏やかな旨さをストレートに楽しめます。
これまで主役級のオンパレード。その美味しさに、飲むスピードも食べるスピードもいつも以上。でもあっという間にお腹一杯になってはもったいないので、ここで酒のアテにと塩辛を注文。
これがまた旨いのひと言。見た通りのまろやかでクリーミーな味わいで、いかの身以上にこの漬けられたワタが美味。もういいや。今夜は記憶喪失確定コースだわ。これをつまんで飲むなというのは、酷ですよ。
そして〆に頼んだのは、カキフライ。先程の牡蠣が美味しかったので、火を通したものもぜひ食べたいと注文。
カリッとした衣を噛むと現れる海のミルク。その食感の対比もご馳走のひとつ。程よく火を通したことにより牡蠣の旨味は凝縮され、生とは違った美味しさに。
初の三陸で過ごす夜。旨い魚と旨い地酒を文字通りたらふく味わい、超の付くほどご機嫌でお店を後にします。
僕がお店に入ったのはまだ早い時間。外へ出ると、入店時には灯っていなかった店々の灯りが、宮古の夜を彩ります。何とも満たされた時間を過ごすことができた。余韻に浸りつつ、千鳥足で歩く夜の街。
お店の女将さんやお姉さんともすっかり話し込んでしまい、色々なお話を聞くこともできました。ビジネスホテルで素泊まりだと話すと、朝ごはんにしてねとバナナまで頂き、何とも温かい気持ちに包まれます。
でもここはやはりあの震災のあった場所。お店の柱にも、その時の津波の傷跡が残っていました。駅の近辺はここまでだったけど、海の方へ行くとまだまだの状態、らしい。
女将さんの、「今の三陸を良く見ていってね。」という言葉が耳に、胸に、強く残る。
今日はまだ宮古の内陸部しか歩いていない。正直、自分がいざその場に対峙した時にどうなるのか、未だ整理の付かないまま、ここまで来てしまったのです。震災の年に訪れた塩竈で目の当たりにした光景が呼び起されます。
でも、それでも僕は震災以前から三陸に来たいと思い続けてきた。だからこそ、こうして訪れる機会に恵まれたのです。これから3日間、良く見て、良く感じて、そして良く味わっていきます。そう心の中で約束をし、温かな酒場の名残の中、ホテルで深い眠りへとつくのでした。
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