湯治で迎える初めての朝。目覚ましに起こされないというのは、何故これほどまでにすっきりと目覚められるのでしょうか。といっても、特にそれほど朝寝坊をしたわけではありません。せいぜい普段より1時間かそこら遅いだけ。普段の休日よりも早起きしてしまう自分にちょっとだけびっくり。
障子を開けると、濃い霧に包まれしっとりとした雰囲気。晴れの日も格別ですが、この色調を抑えたような世界もまた美しい。そんな空気の中、朝風呂を楽しみます。
朝からスパゲティーですか?いいえ、お昼ごはんです。朝は好物の納豆ご飯を食べました。こんなに旅行記の時間がすっ飛んでしまっていいのか?とも思いましたが、いいんです、これで。
午前中はお風呂と本の往復であっという間。前回までは記録に残したいと写真をぱちぱち撮っていましたが、それでは休まるものも休まらない。なので今回は写真の量は控えめです。
程よくのんべんだらりと過ごし、もうお昼時。ここでのお昼は、今回もやはり『やはぎ』に決めていました。どれも美味しく、お手頃価格。全て自炊しなくても、面倒になったらここに来ればいいという、大沢温泉での湯治において心強い存在。
たくさんあるメニューの中から、どれにしようかと嬉しい悩みに頭を抱えます。食べて浸かって飲んで読んで寝るだけ。そのことだけを悩めるなんて、普段の日常から考えてどれだけ贅沢なことでしょうか。
食べ物のことになると、優柔不断振りを発揮する僕。ようやく決めたナポリタンが運ばれてきました。情熱のナポリタンと名付けられたそれは、昭和の雰囲気を色濃く感じさせるもの。
太く柔らかめの麺は、ナポリタンにとって必須アイテム。パスタ?なにバカなこと言っているんだ、スパゲティーなんだよ、と力説したくなる、日本独自の麺文化。
具も缶詰のマッシュルームや、シャキシャキ感の残る玉ねぎピーマン、そしてベーコン。味付けは、ケチャップ主体というよりも、トマトソースがベース。べっとべとのナポリタンを期待するとちょっと違うかもしれませんが、甘すぎず、くどすぎず、色々な人が食べて美味しい濃さ。コンソメスープも付いて、お腹も味覚も大満足です。
美味しいナポリタンを平らげ、腹ごなしに館内散策。そう言えば、やはぎの横からのびる階段の上には、講堂があるんだったっけ。これまで行ったことが無かったので、3度目にして初めて見てみることに。
宿泊者以外は通らない2階の更に上にあるため、人気は無くひっそりとした空気に包まれている講堂。温泉宿の施設とは思えないその大きさに驚きます。
それもそのはず、昔は映画の上映やお芝居の上演をしていたそう。温泉場としてだけではなく、地域の娯楽の場所として、大沢温泉は愛されてきたのでしょう。今でもこの講堂は現役で、帳場に申し込めば卓球で遊ぶこともできますし、映画の上映もたまに行われているようです。
大沢温泉の新たな一面を垣間見たところで、部屋へと戻ります。途中の壁にはこんな看板も。今は食事処やはぎという名前ですが、以前は食堂部だったのですね。ここで映画を見て、終わったらお風呂に入って、ご飯を食べて。地元の方々の楽しみであったに違いありません。
連泊をする度、昼寝三昧してやろうと思うのですが、心底リラックスしているのか、普段感じる眠気なんてどこへやら。布団に転がりながら本を読み、気が向いたら温泉へという、何とも優雅な時間が流れます。
昼下がり、誰もいない大沢温泉名物の露天風呂。大きな湯船に掛け流されるお湯のみならず、秋晴れの空も、山を彩る紅葉も、そして茅葺の味わい深い建物までも、全部、全部、独り占め。こんな環境に居れば、この湯面のように、波ひとつない穏やかな状態に心が静まってゆくのも当たりまえ。
全てにおいて穏やかな時を過ごし、早くも夕食の時間。今夜も仕入れた食材で適当おつまみを作ります。
お鍋は、昨日のだしを取っておいたものに、二子の里芋、いわて牛、白菜漬けを入れて芋煮風に。二子の芋は同じ里芋と思えない程のねっとり感と濃い甘味が絶品。
手前は、青菜と貝ひもの味噌炒め。ほたてのひもから出るだしを、アスパラ菜と大根菜が吸って汁まで美味しいひと品。
隣は大きな油揚げ焼きと菊のお浸し。厚みのある油揚げはかりっとふっくら。菊の花の香りとほんのりとした甘味をシンプルにしょう油で味わいます。
合わせるお酒は、紫波町の廣田酒造店が造る特別純米原酒喜平治。特別純米原酒、堪らない響きに思わず購入。
口に含むとまろやかで原酒の濃さは感じますが、原酒にありがちなきつい嫌な感じはなく、甘味、酸味、とろみがふわっと消えていきます。濃いけど飲みやすい、優しい口当たり。ペース配分をしないとクイクイいってしまいそうな、キケンで美味しいお酒。
そして今夜も後片付けを早めに済ませ、静かに夜を過ごします。露天風呂も、山水閣の豊沢の湯も甲乙つけがたい良さがある。そしてここ、自炊部の薬師の湯もまたしかり。
この浴場は、自炊部にあるというだけあり、シンプルにお湯を愉しむために作られたレトロな空間。だからこそ、無駄に視覚を使わない分、思い切り羽を伸ばせます。
湯に浸かり静かに目を閉じれば、感じるのは肌に心地よい温かさと、お湯の流れる音だけ。その心地よさに存分に酔いしれ、ふと目を開ければ、目の前に広がる昭和の美意識。
浴室も、脱衣所の柱も、びっしりと敷き詰められた細かいタイル。現代ではまず造らない、そして造れないかもしれない、緻密に詰まった造形へのこだわり。
今夜もいろいろお風呂を往復したけれど、今宵はこの薬師の湯のレトロに心を染められたところで終えることにします。まだ2泊目。あと4泊もある。あぁ、幸せだ。
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