初のカプセルホテルながら、思った以上にぐっすり眠りすっきりと迎えた朝。僕は駅員さんの経験から他人と同じ寝室に慣れているということもありますが、それを差し引いても想像以上に快適。都市部での宿泊手段として、これからは十分選択肢に入りそう。
無料の卵かけごはんで朝ごはんを済ませ、岡山の街へと繰り出します。アーケードの入口には、岡山らしい桃のオブジェが。美味しい桃に桃太郎、岡山は桃の国。
人通りも少なく、まだ静かな朝の岡山。その中をゴロゴロと音を立ててのんびり走る岡電を見れば、今自分は非日常にいるということを強く実感。路面電車の走る街、本当にいいなぁ。
岡電の走る桃太郎大通りに別れを告げ、後楽園を目指して歩きます。その途中には、備前の総鎮守である岡山神社が。空襲にも耐え城下町の頃からの姿を残す随神門に誘われ、お参りすることに。
1200年近くの歴史を持つ岡山神社。10年の時を経て再びこうして岡山の地へと来ることができたお礼を、心の底から伝えます。
朝のお参りを終え清々しい気持ちで歩いていると、目の前に朝日に煌めく大きな川が。その向こうには日本三名園として名高い後楽園の深い森と、黒く聳える岡山城。この旭川が、天然の堀として機能していたことが分かるような眺め。
滔々と流れる旭川沿いをのんびり歩き、それに架かる鶴見橋を渡り後楽園へ。朝日の下横たわる黒々とした森が、ここが岡山の都市部であることを忘れさせるかのよう。
旭川の中洲に位置する後楽園。一歩中へと入れば、そこには静寂に包まれた深い緑が広がります。入園口で岡山城との共通券を買い、いよいよ中へ。初めての後楽園を目前に、弥が上にも胸が高鳴ります。
入園口から歩いてゆくと、突如として開ける視界。政令指定都市の真ん中とは思えないほど広い空に、青々とした芝生、煌めきを湛える大きな池泉。この爽快かつ優雅な眺めは、さすがは日本三名園のひとつ。兼六園や水前寺公園と同じく、どうやら僕は一目惚れしてしまったようです。
相当な広さを誇る後楽園。その中央に満々と水を湛える沢の池には小島が築かれ、周囲の濃淡の緑に包まれた地形も表情豊か。回遊式庭園の鑑ともいえる、歩きたくなるような光景が広がります。
岡山藩主の命により造られたという後楽園。歴代のお殿様は政治の合間にここへと来て、しばしの休息を楽しんでいたそう。深い緑と豊かな水の先に聳える、黒き烏城。お殿様はどのような気持ちで、この光景を眺めていたのでしょう。
5月の光に満ちた鮮やかな園内を歩いていると、茶畑の広がる一画が。ここでは藩政時代にお殿様が飲むお茶を栽培していたそうで、今でも毎年茶つみ祭が行われているのだそう。その日を間近に控え、お茶の木は見るからに柔らかそうな葉を茂らせています。
歩みを進める毎に、刻一刻とその表情をかえる後楽園。奥には小高い唯心山が聳え、広大な庭園に豊かな表情を与えるかのよう。
その唯心山に登り空を仰げば、視界を占拠する初夏の澄んだ鮮やかな青さ。都心とは思えないほどの広大な青空に、しばし言葉を忘れて目を細めます。
唯心山から見下ろせば、巧みに配置された小島や傾斜が手に取るように眺められ、まるでジオラマのような光景に。人の造り上げた広大な箱庭。それを実現させてしまうお殿様の力は、現代では想像のつかないほど強力なものだったに違いありません。
和の風情を存分に愉しめる後楽園。その一画には南国の木である蘇鉄が植えられ、回遊式庭園に異国情緒という彩りを添えています。
蘇鉄に南の香りを感じたかと思えば、そのすぐそばには艶やかに咲く花菖蒲畑に架かる八橋と、咲き乱れる紅白のつつじ。そしてその奥には、不思議な佇まいをした流店という建物が見え隠れ。
その流店の内部がこちら。大小の岩が配された水路が建物の中央を貫き、その両側に板張りの床が設えられているという不思議な造り。
靴を脱ぎ板の間へと座ってみれば、視界を占める緑の陰影と、水に連れられ吹く初夏の爽やかな風。江戸時代にこんな発想があったなんて。
年々暑さが酷くなるなかで、なんとかこの工夫を活かせないものだろうか。そう思うほど、生き物としての人間には心地よすぎる自然の清涼感が体と心を撫でてゆきます。
自然を豊かに味わう江戸の知恵に感服し、ふたたび沢の池のほとりへと戻ります。そこには茅葺屋根が渋い佇まいの廉池軒が。この建物も戦災を免れたものだそうで、藩政当時からの面影を色濃く残します。
回遊式庭園の名の通り、本当に回遊していて楽しい後楽園。進むごとに見える新しい表情に、歩を止めることができません。
どこへ向うでもなく変わる景色を愛でつつ歩くと、先ほど登った唯心山の麓に佇む一羽の立派なアオサギが。凛と立つその姿は、鳥ながらどこか気高さすら漂わせるよう。
豊かな水辺の表情をみせる沢の池を離れ、広大な芝生の中を進み大きな建物へ。ここ延養亭は藩主の居間として使われていたそうで、現在の建物は昭和35年に再建されたもの。歴代のお殿様が見た景色を守るため、今でもここからの眺めは保全し続けられています。
延養亭の横を進むと雰囲気は一変し、ひっそりとした静けさが辺りを包みます。この花葉の池は鬱蒼とした森に囲まれ、滝から流れる水音が涼しげに響きます。
池の奥の小高い山は二色が岡と呼ばれ、木々が鬱蒼と茂る雰囲気は庭園というよりも森そのもの。アップダウンのある小径は登山の趣を楽しめ、渋い茶室が深い緑に隠されるように佇む姿はまさに幻想的のひとこと。
木々のざわめく森を進むと、そこには異質さを漂わせる階段の遺構が。ここは御舟入跡といい、藩主が舟で渡ってきた際に使われていた船着き場。丁度岡山城の真向かいに位置し、藩主専用の正門という位置付けだったそう。
今回初めて訪れた後楽園。都会の中心にいることを感じさせないあまりの表情の豊かさに、忘れえぬ庭園のひとつとなりました。
起伏に富んだ豊かな緑、初夏の陽射しを受けて煌めく水辺。その先には、黒く輝き聳える烏城。後楽園とは、あるいは岡山城を一層荘厳に、美しく見せるためのものなのかもしれない。そう思うほど、このふたつの織り成す美しさに、心の深い部分が打たれるのでした。
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