あつた蓬莱軒で4年ぶりとなるひつまぶしとの逢瀬を楽しみ、再び地下鉄で移動します。伝馬町から栄で乗りかえ、名古屋のひとつ隣の亀島駅へ。そこから歩くこと約10分、名古屋で最後の目的地である『トヨタ産業技術記念館』に到着。
エントランスを入れば、すぐに目を引く巨大な産業機械がお出迎え。これは環状織機、布を面ではなく円筒、立体的に織り上げるという機械。100年以上も前に開発されたというのだから驚きです。
中へと入れば、そこに広がるのは幾多もの機械と共に目を引く巨大な空間。大正時代に建てられた紡績工場を利用したというこの館内には、糸を紡ぐ、そして織る、といった繊維に関する歴史や機械について展示されています。
ずらりと並ぶ紡績機や自動織機。今や自動車メーカーとして名高いトヨタですが、この繊維産業が出発点であるということを思い出させてくれます。
中には実際に運転して見せてくれるものもあり、巨大な機械が高速で動きつつ繊細に布を織る姿は迫力満点。古参から最新まで、生活必需品である布を作るために人々が工夫してきた道のりを生で見ることができます。
繊維産業から金属加工、そして自動車事業創設期の展示を経て、自動車館に広がる大きな展示室へ。ここにはトヨタの歴代の車と共に、自動車開発や製造の歴史を学ぶことができます。
まず目を引くのは、この流線型のクラシックな乗用車。トヨタ車の始まりである、トヨダスタンダードセダンAA型。80年以上前のデザインですが、流れるような曲線美に見とれてしまいます。
開けられた観音開きのドアから車内を見てみれば、分厚いソファーに重厚な内装、後部座席の足置きなど、自動車が特別な乗り物であった時代の華やかさを感じます。
続いては、写真や映像でしか見ることの無かった名車、初代トヨペット・クラウン。ごく稀にこの車をモチーフにしたオリジンという車が走っているのを目にするのですが、その妖艶な姿にもう目は釘づけ。
そんな名車の実物に会えるなんて感激そのもの。優美な曲線によりボディーは艶めき、60年以上経た今でも見る者を圧倒する存在感を放ちます。
余りの美しさに見とれていると、スタッフの方が「車内を見てみますか?」とドアを開けてくれました。初めてこの目で見る、日本を代表する高級乗用車の源流。車内には、今とはまた違った高級感に溢れています。
今のように内装の施されていない、鉄板でできたインパネまわり。ダッシュボードには、今となってはクラウンの代名詞となった王冠マークが燦然と輝きます。
クラウンで憧れの昭和30年代のデラックスさに触れ、時代は昭和40年代へ。自動車を大衆化させた立役者ともいえる初代カローラと、それに相対する超高級スポーツカー、セリカ。先ほどのAA型が完成してから30年ちょっとで、日本の車はここまで進化したのです。
今見るとセリカってかっこいいなぁ。とため息交じりで見惚れていると、またまたスタッフの方がドアを開けて車内を見せてくれました。
半世紀近くも前の車とは思えない、スポーティーさを感じさせるインテリア。走りとカッコよさに徹した、スポーツカーの鑑のような世界感。
圧倒されつつスタッフの方に「70年にこれなんだから、高かったんでしょうね・・・」と聞いてみたところ、当時の初任給とこの車の値段を聞き、文字通り絶句。当時の日本人の車に対する価値観と欲求を垣間見た気がします。
続いては昭和も後期に差し掛かった頃のコロナとカムリ。僕にとって、トヨタ車に馴染みを感じ始める時代。
でも実はここだけの話し、この時代はトヨタより断然日産派でした。うちの車が日産だったというのもありますが、この時代のトヨタは直線的すぎてどうも僕の好みではなかったのです。
でもこうして時を経て改めて見てみれば、無駄のないデザイン、質実剛健、機能美といった印象を受けるのだから不思議なもの。ひとつの時代を作った、このときのトヨタらしいデザインです。
そしてついにやってきました、僕にとってのトヨタ黄金期の代名詞、セルシオ。もうね、セルシオなんですよ!レクサスとかじゃなく、セルシオなの!!と異常なテンションで声高に訴えたくなるほどの、いい意味で威圧感ある存在感。
30年近くも前とは思えない、重厚かつバランスのとれたデザイン。この頃から、僕は一気にトヨタ派に傾きました。バブルがはじける直前の、僕の記憶に残る元気な時代がふわっと脳裏に浮かびます。
そして最後は、今やトヨタを代表する車のひとつとなったプリウスの新旧モデル。懐かしいなぁ。当時池袋の学校に通っていた僕は、放課後にトヨタのショールーム、アムラックスによく遊びに行っていました。
そこで触れるクラウンやマジェスタ、そしてセルシオに、当時ものすごく憧れていたのを思い出します。大人になったら絶対セダンに乗るんだ。それまでの間、若いうちは絶対クーペ。免許を取ったらカローラレビンに乗ろう!と心に決めていました。
そんなときに現れたのが、このプリウス。当時ハイブリッドなんて聞いたこともなく、電車のような自動車(それも高い!!)がこれほどまでに一般化するとは思いませんでした。それほどこの車のデビューは、10代の僕にとって近未来的で、衝撃的だったということ。
免許を持っていない僕ですが、実は本当はものすごくクルマが大好き。久々に車欲求に火が付き、良き時代のトヨタに触れられたという高揚感に包まれつつ先へと進みます。
先ほどまでは、自動車開発に関する展示。そしてこちらは、金属加工や組み立てをはじめとする自動車製造に関する展示。自動車の進歩は、作る技術の進歩でもある。新旧の機械を見比べればそのことがよく分かります。
壁一面にずらりと並ぶ、幾多もの金属板。これはカローラ1台に使用するプレス部品だそう。手作業の職人技から機械化が進んだからこそ、自動車は庶民の手の届くものになったのでしょう。
そして今では、部品の運搬から組み立て、溶接までロボットがやる時代。いくつものアームが何の迷いもなく滑らかに動く姿からは、小さい頃社会科見学で見た自動車工場の面影は感じられません。
自動織機から始まったトヨタの歴史。その流れを体感し、展示室を後にします。するとそこには巨大な蒸気機関が。たった100年、されど100年。この機械が動力源として活躍していた頃には、一体だれが今の時代を想像できただろうか。
よし、今度はもっと時間に余裕をもって見に来よう。トヨタ、そして日本の歩んできた近代化の航跡に触れ、充実感に包まれつつ名古屋の地を離れる決心をするのでした。
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