土曜の朝、繁華街の熱気を残す栄から街並みの変化を楽しみつつ歩き、名古屋城へと到着。開園時間まではまだまだ余裕があったので、お堀をぐるりと回ってみることに。
遊歩道の藤棚には白や薄紫の藤の花が可憐に咲き、緑豊かなお堀とその先に輝く金のしゃちほこを彩ります。鮮やかな草木と名古屋城の競演は、この時期ならではの清々しい眺め。
風に揺れる藤の花を愛でつつ進めば、突如広がる大きな広場。そこには艶やかなつつじが咲き乱れ、これまた金鯱との見事な競演。朝の爽やかな空気の中こうしてお城を味わえる。夜行バスならではの楽しみです。
溢れんばかりの新緑に彩られた石垣に聳える、名古屋城。現在の天守閣は昭和34年に再建されたもの。戦災で焼失した天守閣に代わり名古屋の街を見守り続け、もうすぐ還暦を迎えようとしています。
そんな名古屋のシンボルであるこの天守閣とも、もうすぐお別れ。耐震不足に伴い木造で建て替えられるそうで、鉄筋コンクリート造の名古屋城ももうすぐ見納めとなります。
これまで名古屋城は市役所駅側からしか訪れたことがなかったため、こうして周囲を歩くのは初めてのこと。広い広いお堀は朝日に輝き、重厚な石垣に映える白亜の櫓。
地下鉄利用の観光客にとってのメインアプローチとは反対側の、お城らしさをしっかりと残す広大なお堀と石垣。名古屋城の新たな一面をのんびりと楽しみつつ、正門へと到着。
開園まであと数分。ゴールデンウィークということもあり、最後のコンクリ名古屋城に別れを告げようと切符売り場には長蛇の列。うわぁ、連休って凄いや。初めての体験に気圧されつつも、最後尾に並びます。
午前9時丁度、正門の重厚な扉が厳かに御開門。ひとたび人が流れ始めれば、意外にも時間は掛からず園内へと入ることができました。
こちらの正門から入るのは初めてのこと。白く輝く西南隅櫓の奥に天守閣が不意に現れ、おお名古屋城だ!と無駄にテンションが上がります。
たくさんの見物客の流れに従いつつ、歴史を感じさせる表二之門をくぐり本丸へ。国の中枢である城郭、その中心部である本丸へと踏み入る瞬間は、特に歴史好きではない僕にとっても何とも言えぬワクワクを感じます。
お城のシンボルともいえる天守閣を目指す前に、まずは復元された本丸御殿へ。10年掛けて復活した本丸御殿は、もうまもなく完成の時を迎えます。
木の香が鼻をくすぐる御殿内へと入れば、そこに広がるのは豪華絢爛を体現したかのような世界。ふすまや床の間には隙間なく金箔が貼られ、その煌びやかさの中虎が見事な躍動感をもって描かれています。
黄金色に溢れる壁を、縦横無尽に駆ける虎や豹。毛並みと共にその息遣い、生命力まで伝わってくるかのような姿に、思わず人ごみに居ることも忘れて見入ります。
常に鼻腔を悦ばせる木の香り、輝き放つ金箔、穢れなき木材の白さ。自分の中に眠る日本人としての根幹をくすぐるような新築の木造建築の鮮やかさを味わえるのは、紛れもなく今だけという贅沢。
数ある部屋はそれぞれ違う題材の画により彩られ、進むごとに新しい世界感を見せてくれるよう。力漲る獣がいたかと思えば、風流な松や桜の咲き乱れる間も。花鳥風月を具現化してしまう。お殿様の持つ力の大きさが、御殿内を支配しています。
見る者を圧倒するような力を持つ、本丸御殿。失われたものを生き返らせるという人々の想いとともに、それを成し遂げてしまう職人さんに受け継がれた技術の高さが、皆に伝わるのでしょう。
豪華絢爛という言葉が最も似合う、金箔に彩られた部屋の数々。そうと思えば、今度はこんなしっとりとした風情に包まれる部屋も。穏やかな筆遣いからは、日本の自然の持つ優しさが伝わるかのよう。
ここまで自然や動物が題材とされていましたが、こちらにはお伊勢参りをはじめとする風俗画が描かれています。優しいタッチで描かれた風景や人々からは、古の人々の営みが感じられます。
見事な画が描かれる壁や建具へと目が行きがちですが、見上げれば黒漆が重厚な輝きを放つ見事な天井が。
天井の様式でも部屋の格を表すという日本建築。漆で塗られた二重折上格天井は、現代人の僕らには想像すらできないほどの身分の差そのものなのかもしれません。
贅の限りを尽くした本丸御殿。現代によみがえったその艶やかな空気を存分に味わい、外界へと戻ります。
これから時を重ねてゆくであろう、白木の美しい本丸御殿。その横には、もうすぐお役目を終える、戦後復興期から街と人を見守り続けてきた現名古屋城天守閣。何と言えばいいのだろう、縁もゆかりもない多摩人の僕が見ても、ある意味切なさを感じさせる対比。
お城のない場所に生まれ、お城のない場所で生きてきた僕。だからこそ、歴史好きでもないのにお城が好きなのかもしれない。それは建築物としての見事さもさることながら、街や人を支える拠りどころがあるという事自体に、憧れがあるのかもしれない。
初夏の快晴の空の下聳える、いまの名古屋城。その雄姿を目に焼き付け、中へと入ります。
入口へと進めば、これまで多くの人々を出迎えてきた巨大な金のしゃちほこのレプリカが。名古屋城を名古屋城たらしめる、金のしゃちほこ。物心ついた頃から、僕の中では名古屋は金鯱。
内部は昔懐かしい空気を色濃く残す、鉄筋コンクリート造りらしい雰囲気。
20代前半までは、お城はやっぱり木造じゃなきゃ。そんなことを思っていた僕ですが、最近ではこんな雰囲気もまた大好き。身の回りから消えかけた昭和への名残惜しさから、そう感じるのかもしれません。
学校や公会堂などを想起させる昭和30年代の建築を味わいつつ、天守の最上階へと登ります。そこからは平成になり30年経った今の名古屋が、遠く霞んで目に映ります。そんな平成も、もうすぐ終わり。歳、取ったなぁ。
天守閣で久々の名古屋の空気を胸一杯に吸い込み、下へと戻ります。そして振り返り、鉄筋コンクリートの現天守閣の雄姿をもう一度。
コンクリならコンクリで、お城じゃないと言われてしまう。木造なら木造で、費用が防火がと言われてしまう。僕はお城のある街に住んだことがないので、それに関しては何も言えません。
でも久々に名古屋城に来て感じたこと。それはお城の構造は別として、お城があった場所にお城があるという事実が大切なのではないかということ。
戦災で惜しくも焼けてしまった、初代の天守閣。もしかしたらその教訓があったから、火災や災害に強い鉄筋コンクリートで再建しようと思ったのかもしれない。燃えない壊れない名古屋城を、そんな当時の人々の決断を、後世の僕らがどうこう言うことはできるはずもありません。
そして今度は、木造で復元されることに。先ほど見た本丸御殿もそうですが、当時と同じような材料や手法で復元する、そのことがまた大切なのかもしれない。技術の伝承という面もあるでしょうが、昔の人がお城を僕らに遺してくれたように、平成の人が後世にお城を遺すということにも繋がると思うのです。
部外者が勝手なことを言ってはいけない。そのことは重々承知ですが、やっぱり書かずにはいられなかった。今回の旅で3つのお城を訪れましたが、その度ごとに何かに心が震えるのです。
お城があるっていいなぁ。これが今の僕の素直な気持ち。日に日に壊されゆく故郷東京に住み続ける僕にとって、こうした揺るぎない郷土のシンボルがあること自体、ものすごく羨ましいこと。
これを見れば故郷を感じさせてくれる、そんな存在。それが山であったり、海であったり、そしてお城であったりするのでしょう。そんな自分の胸に宿る確固たる故郷が無いから、もしかしたらふらふらと旅を続けているのかもしれない。
でもそれも悪いことばかりではありません。旅を続けているからこそ、故郷とは呼べずとも自分にとって大切な場所を全国各地に見つけられる。それが僕にとっての、旅情そのもの。
自分の故郷や住む街、そして大事な趣味である旅について見つめなおすきっかけをくれた名古屋城。木造で再建されたら、また来よう。それまでの間としばしの別れを告げ、金に輝くしゃちほこを背に再び歩き始めるのでした。
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