ゆったりとした海原の鼓動に包まれ、深い眠りへと落ちた夜。ふと目が覚めれば、閉めたカーテンから漏れる弱い光が。すぐさまこれは!と思い、デッキへと向かいます。
するとそこには既に多くの人が。洋上で迎える日の出。船旅でしか味わえないその瞬間を、皆心待ちにしています。
そして待つことしばし、雲から顔を出す朝日が。それまで青を湛えていた太平洋も、太陽の力に染められ黄金色に。
あぁ、なんてきれいなんだろう。ありきたりな言葉ですが、海と空の織り成す光景を見ていると、自分なんて本当にちっぽけな存在なのだと改めて実感。何も考えずそう率直に感じられることが、今はとても心地良い。
朝の潮風と日差しを全身に浴び、体も冷えたところで朝風呂へ。移ろいゆく海原の色を眺めて湯に浸かれば、身も心も奥からじんわり温まるよう。
再び甲板へ向かおうと歩いていると、大きなモニターに映し出された船の現在地が。そうか、今は千葉沖なんだ。自宅からそう遠くないこの場所で、こんなにゆったりとした朝の時間があったなんて。
名古屋から一夜を経て、自分の住む地域を横目に北の大地を目指すという不思議。日本は広い。そのことを無意識に味わいたくなった時に、僕は船や夜行を選ぶのかもしれない。この言い表せぬ独特の感覚は、新幹線や飛行機には無い鈍足だからこその味。
東京、関東を発ってからまだ30時間足らず。そのことが嘘のように思われる、これまで味わってきた濃厚な旅程。旅はまだ序盤も序盤。この先待ち構える目くるめく行程に思いを馳せつつ、千葉沖でモーニングコーヒーを味わいます。
航行速度、37km/h。路線バスと変わらぬ速度で愛知から北海道を目指すという、壮大なロマン。その遥かな時間軸に心酔していると、遠くには薄っすらと千葉の影。その手前に広がる海原には、白く光る小さな漁船。半日ぶりに触れた人々の営みに、何となく安堵感を覚えます。
きそには食事ができる施設が2つあり、それぞれの営業スタイルや時間に違いが。メインのレストランは6デッキ後方にあるタヒチ。朝昼晩と、それぞれバイキングスタイルで営業しています。
そしてもうひとつは、広々としたパブリックスペースの一角にあるカウンター、マーメイドクラブ。僕はここで朝食をとることに。朝のメニューはモーニングセット2種類の他、おにぎりやホットケーキといった軽めのものが中心。
サラダにゆで卵、パンにヨーグルト。こんな王道のモーニングを食べるなんて、何年ぶりだろうか。久々の塩を振ったゆで卵も、大海原を眺めながら頬張れば、また違った味に感じるから不思議なもの。
洋上での朝食という贅沢を味わい、寝台でごろりとしたところで再び展望大浴場へ。そして湯上りといえば、やはり手放せないのが黄金色のにくい奴。
7デッキ遊歩甲板出口にある自販機にはスーパードライが置いてありましたが、5デッキ中央の自販機コーナーでサッポロクラシックを発見。さすがは北海道航路。これから向かう北の大地に思いを馳せつつ、久しぶりのクラシックを喉へと流します。
ゆったり過ごす船上での時間。特にすることもないという時間を愉しみつつベンチで一杯やっていると、隣に座っていた方から話しかけられました。お話しをしていると、仙台港で下船しそこからバイクで青森を目指すのだそう。
満載の貨客は、当たり前だがそれぞれの行先があるからこの船に乗っている。様々な目的地を抱えた人々が、いまこうして船上で同じ時間を共有している。そのことに気付かせてくれる出会いがあるのも、公共交通機関ならではの旅情。
ビール片手にすっかり話し込んでしまい、気付けば時刻はお昼過ぎ。きれいに甲板焼けした腕にほんのりとした熱さを感じつつ、再びマーメイドクラブへと向かい昼食を。
うどんやそば、おにぎりなどもありますが、今回は太平洋フェリー伝統の味だという船のまかないカレーを注文。これぞカレーライス!という王道の見た目同様、安心感ある安定の美味しさです。
船旅特有の優雅な怠惰を味わっていると、まもなく名古屋を目指す姉妹船、いしかりとすれ違うとの船内放送が。早速デッキへ向かいしばらく待っていると、遠くから白亜に輝く大きな船影が。
段々と近づき、そしてその瞬間が。銀色に輝く太平洋に響く、いしかりの汽笛。そのエールを受けて、今度はきそが大声で返す。甲板を伝わる汽笛の振動に、心の深い部分までしびれてしまう。
苫小牧を発ち、仙台を経由し名古屋へと向かういしかり。お互いの旅の安全を願いつつ、大きく手を振る甲板の人々の影。何だろう、自然と涙が出てきそう。
どこまでも広がる大海原の一角で繰り広げられる、白亜の姉妹の再会。それを喜ぶかのように響かせた汽笛の名残も束の間に、巨大な船は再び航路へ戻りそれぞれの行先を目指す。去りゆくその後姿を、いつまでもいつまでも見送ります。
洋上の離合の余韻に浸りつつ、立ち尽くす甲板。一瞬の賑わいが幻かのように人の姿は減り、デッキには再びエンジンの振動と波を蹴る音だけが響きます。
センチメンタルを味わい寝台へ戻ろうとしたところ、何やら大勢の人だかりが。仙台港入港を控え、下船前のひとときをとミニコンサートが開かれていました。
ゆったりとした揺れに身を任せ、ギターの調べに耳をかたむける午後。この空間を包む穏やかな時間は、フェリーと乗客が静かに別れを惜しんでいるかのよう。
名古屋港を出発しもうすぐ20時間。きそはまもなく仙台港に到着。久々の上陸を控え、旅情溢れるこの船旅も残り半分という若干の切なさを噛み締めるのでした。
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