GW 列島半分 ぐるり旅 ~願えば海路の日和あり 4日目 ①~

太平洋フェリーきそ青森沖で迎える御来光

名古屋から2泊3日を掛けて北海道を目指す船旅も、残すところあと数時間。この日も早めに目覚め、船上での御来光を待ちわびます。程なくして顔を出した、眩しい朝日。雲ひとつない空と穏やかな海を染めあげる輝きを、目を細めつつ全身で受け取ります。

太平洋フェリーきそモニターに映し出された船の現在位置
船は現在青森沖。そうか、もうこんなところまで来てしまったのか。終着である苫小牧という文字が見えることが、嬉しくもあり寂しくもあり。残された船での時間を、ゆったりと存分に楽しむこととします。

眩い朝日に溢れる太平洋フェリーきその船内
明けゆく空と海を愛でつつ朝風呂を味わい、まだ人の少ないパブリックスペースへ。窓から溢れる朝日が船内を満たし、船旅のフィナーレの始まりを飾るかのよう。

太平洋フェリーきそソファーに腰掛けゆったりと眺める朝日
眩い光に包まれた一画に腰を下ろし、ゆったりと眺める朝日。ずっとこんな時間が続けば。そんな気持ちが生まれるときは、本当に良い旅ができているとき。

太平洋フェリーきそイオン多賀城店で買ったおにぎりと味噌汁で朝食を
朝日にすっかり目覚めたところで、昨日買っておいたおにぎりとお味噌汁で朝食を。パブリックスペースでのカップ麺は禁止ですが、給湯器があるのでお味噌汁やスープが飲めるのが嬉しいところ。

大海原を眺めつつおにぎりを齧り、熱々のお味噌汁をひと口。シンプルだけれどこの上ない、日本人で良かったと思える朝ごはん。移動中という事を忘れさせるこの自由度は、船ならではの贅沢さ。

太平洋フェリーきそ海風に吹かれデッキで飲むモーニングコーヒー
太陽はすっかり昇りきり、抜けるような青空に。空と海の青さを感じつつ、海風に吹かれて飲むコーヒーはまた格別。この環境全てが僕の心を漂白してくれるかのよう。

太陽輝く凪の海
海は凪いで鏡のように太陽を映し、この航海で一番の穏やかさ。ゆらゆらと煌めく光を、いつまでもいつまでもこうして浴びていたい。

太平洋フェリーきそ穏やかな海にのびる航跡
船尾に移動し眺めれば、どこまでも広がる穏やかな海と、そこにくっきりのびる航跡が。やっぱり船にして良かった。こんなに味わい深い旅は、久しぶり。思い残すことの無いよう、この幸せを余すことなく噛み締めます。

太平洋フェリーきそ40時間の航海を経てまもなく北の大地北海道へ
今日も開かれた入港前のミニコンサートでギターの音色を楽しみ、寝台に戻り荷造りを。広げた荷物をリュックへと詰めるこの瞬間、ふと切なさがこみ上げる。どうやら僕は、すっかり太平洋フェリーの大ファンになってしまったらしい。

乗り物から降りるというよりも、好きな宿を発つときのような不思議な感覚。荷造りを終えて一抹の寂しさを抱えつつ、デッキへと向かいます。

かなたには、霞んで見える樽前山と苫小牧の街。あぁ、この巨大な乗り物は、本当に自走して北の大地まで来てしまったんだ。人間の生み出した移動への欲求と、それを叶えてしまう技術。だから乗り物好きはやめられない。移動手段を移動手段としてだけ見るのは、あまりにももったいない。交通とは、人の歴史と寄り添う浪漫そのもの。

太平洋フェリーきそ商船三井さんふらわあだいせつの横を通りまもなく苫小牧港接岸
どんどんと大きさを増す、北の大地北海道。名古屋から40時間の航海を経て、太平洋フェリーきそはいよいよ苫小牧港へ。

岸壁では、太陽輝く商船三井のさんふらわあだいせつがお出迎え。大洗を発着するこの航路は、僕の長距離フェリーの原点ともいえるもの。東日本フェリーに商船三井、どれも揃っていい思い出ばかり。僕が船旅を欲するのも、無理がない。だって、輝かしい記憶に満ちているのだから。

太平洋フェリーきそは太平洋を越えて苫小牧へ
そんな記憶にまた新たな輝きをくれた太平洋フェリーとも、もうまもなくお別れのとき。船は巨体に似合わずゆっくり、丁寧に岸壁へと近付きます。

もうすぐ6年ぶりの北海道に上陸。それなのに、何でこうも切ないのだろう。恋をした。間違いなく、僕は船に恋をした。ずっと憧れ続けた船旅は、十数年の時を経て憧れから確信へと姿を変えた。僕は船が好きだ。海が好きだ。そしてやっぱり、旅が好きだ。

敢えて時間を掛けて移動するという、時間的贅沢。巨大なスペースを活かし、窮屈さを微塵も感じさせない空間的贅沢。そして、航海中ひたすら目にする空と海という、自然的贅沢。これらを兼ね備えるのは、船しかない。

人々がいつかはと憧れる船旅は、あるいは旅の原点への回帰なのかもしれない。船、鉄道、乗合自動車、飛行機。人が手に入れた交通手段は、順を追うごとに速さを獲得し、反比例して自由度は手放した。つまり、速さすら求めなければ、自由は手に入る。それこそが、船旅そのもの。

だめだ、離れがたい。サラリーマンとして働く身、こんなまとまった時間を取る機会はそうはない。そのことを感じていたからこそ、無意識に船旅を封印していたのかもしれない。

そして今、解き放たれたこの欲求。僕はそこに確かな希望を見た。愛する鉄道が手放してしまったものが、ここには在り続けていてくれた。そのことを身をもって体験できる僕は、幸せ者に違いない。

また乗ろう、絶対に。知ってしまった悦びを、簡単に忘れることなどできはしない。大海原のように広く深い感動をくれた太平洋フェリーとの別れに、切なさと幸福感で押し潰されそうになるのでした。