ゴールデンウィーク。去年まで駅員さんをやっていた僕にとって、これまで全く関係のない話し。だから今年は、社会人になって初めてのゴールデンウィーク。それも9連休という、かなりの長期連休をもらえることに。
といっても、これまで平日休みの平日旅行を満喫してきた僕。混雑し宿代も跳ね上がるゴールデンウィークに敢えて旅に出ることは、当初は考えていませんでした。当初は、です。
でも9連休という長期休暇が近付くにつれ、自分、本当に旅に出なくて良いのか!?とよからぬ葛藤に苛まれるように。一度そんな欲望が芽生えてしまうと、もう居ても立っても居られないのが僕の性。
ということで今回は、入社以来初めてのゴールデンウィークを利用し、我ながら壮大で浪漫溢れる旅を決行することに。白羽の矢が立ったのは、のんびり大海原をゆく長距離フェリー。これなら繁忙期でも酷い値上げもなく、宿泊費と交通費を兼ねるというこの時期にもってこいの移動手段。
といってもフェリーを選んだのは、ただただケチりたいからではありません。もともとフェリーが好きで何度か乗ったのですが、十数年前に乗ったのを最後に、休みの短さを理由に縁遠くなっていました。
だからこそ、敢えてのフェリー。なにせ9連休、急ぐ旅でもない。それならばと、十数年願い続けてきたのんびり船旅を決行してやろうと、日本半周旅行を計画したのです。
今回の旅の始まりは、東京駅鍛冶橋駐車場。新宿駅バスタと並ぶ、東京の高速バスのターミナルです。この日は金曜日、ゴールデンウィーク前夜。場内を埋めつくさんばかりの乗客がバスを待ち、なかなかのカオス。そういう僕も、その混沌を構成するひとり。
夜行待ちならではの、高揚感と倦怠感の入り混じるターミナル。その雰囲気に存分に浸っていると、程なくして今回乗車するバスが到着。三重県の青木バスが運行する『あおぞらライナー』に乗り込み、一路名古屋を目指します。ちなみに今回も楽天トラベル(高速バス予約)を利用。探しやすくポイントも貯まるので、楽天ユーザーにはありがたいサービスです。
22:40、定刻に鍛冶橋駐車場を出発。3列シートのおかげでしっかりと休め、翌朝の5:20には名古屋駅に到着。この先お伊勢さんのある宇治山田駅まで行くバスを見送り、久々の名古屋の空気を胸いっぱいに吸い込みます。
それにしても本当に早朝。駅周辺には昨日を引きずったままの人もちらほら。こんなに早い時間に着いてしまってどうしよう。そう思いましたが、建て替わっても名を残した大名古屋ビルヂングを照らす朝日を見れば、そんなことすら忘れさせるような開放感に包まれます。大名古屋ビルヂング、僕の好きな、声に出したい、字面を見たい日本語。
駅周辺を歩いたり、地下鉄の一日券のパンフをもらったりと、なんだかんだで時間を潰し、時刻はようやく6時前。新幹線の改札が開くのを待つ大勢の人に紛れ、僕もそのときを首を長くして待ちます。
券売機で入場券を購入し、改札オープンとともに新幹線の上りホームへ。といってももう東京に帰るわけではありません。この旅最初のグルメ、名古屋での朝ごはんは絶対にきしめん!と決めていたのです。ということで名古屋駅の立ち食いきしめんとして有名な『住よし』へと向かいます。
皆さん地元名古屋の方なのでしょうか、迷わず一目散に住よしを目指して歩きます。僕が食べ始める頃には、立ち食いカウンターが半分以上埋まってしまいました。
みんなこれから静岡や東京方面を目指すんだよなぁ。僕は半日前にそこから旅を始め、これから日本を半分ぐるりんちょするんだよなぁ。なんて気持ちの悪い優越感に浸っていると、すぐにお待ちかねのきしめんが出来上がりました。
中京とはよく言ったもので、つゆは関東と関西のちょうど中間の色合い。ひと口啜れば芳醇なだしの風味に、程よいしょう油感が鼻へと抜けてゆきます。
麺は冷凍ですが、そうとは思えないもちもちつるつる感。東京で食べるきしめんはうどんの薄いやつといった印象ですが、現地で食べるとやっぱり違う。きしめんにはきしめんの個性、存在感というものがしっかりあるのだと気付かせてくれます。
食感と喉越しのいい麺を引き立てる、絶妙な塩梅のつゆ。たっぷりと載せられた花かつおも邪魔にならない薄さで、一緒に食べればより濃く深い旨味が溢れます。
あぁ旨い。東京でもこれが食べられたなら。一瞬そう思いましたが、現地ならではの味覚があるから、旅は一層楽しくなるのです。
久々のきしめんとの対面にお腹も心も満たされ、早速名古屋観光へと繰り出します。この日はちょうど土曜日、市営地下鉄と市バスが600円で一日乗り放題のお得な『ドニチエコきっぷ』が使えたため、これを相棒にして名古屋を歩き回ります。
名古屋駅から桜通線に乗り、丸の内で鶴舞線に乗り換え大須観音駅で下車。目指すはその駅名の通り、大須観音。立派な朱塗りの仁王門に、集めてきた人々の信仰の深さを感じます。
この日は境内で骨董市が開かれており、早い時間にもかかわらず多くの人で賑わいます。そんな活気の中、本堂でお参りを。久しぶりに名古屋を訪れることができたお礼と、これからの長い旅の安全を祈ります。
朝の清々しい中お参りを終え、あてもなくのんびりぶらぶら歩きます。裏道をゆけば、昨晩の名残を感じさせるような飲み屋街が。観光地ではない、こんなすっぴんの街の表情を味わえるのも、予定のないひとり旅の醍醐味。
横丁からアーケードへと抜ければ、そこはテレビやガイドブックでも目にしたことのある大須商店街。日中から夜に掛けては参拝客や地元の方で賑わうのでしょうが、朝のこの時間はまだひっそりと静まり返っています。
大須観音駅から再び地下鉄に乗車し、伏見で東山線に乗り換え栄駅へ。ここは言わずと知れた、名古屋一の繁華街。これまた夜の続きが垣間見える光景を眺めつつ、緑あふれる初夏の久屋大通をのんびり歩きます。
そして見えてきた、銀色に輝くタワー。この名古屋テレビ塔は昭和29年にできた、日本で一番古い電波塔。札幌テレビ塔や東京タワーの、言わばお兄さん的存在なのです。
東京タワーを心の拠りどころのひとつとしている僕。名古屋も札幌も、同じようなの作っちゃって。物知らずだったかつての僕は、真面目にそう思っていました。
名古屋と札幌の方、本当にごめんなさい。札幌テレビ塔でその事実を知った時の衝撃を教訓に、もうそんなことは絶対に思わないと心に決めています。
そんなどうでもいい懺悔を知ってか知らずか、五月晴れと新緑の鮮やかさに映える塔。青空を目指すその姿からは、銀色一色であるがゆえの潔さすら感じます。
朝日に輝くテレビ塔を後にし、名古屋城を目指して歩きます。本来なら久屋大通駅から地下鉄に乗れば楽なのですが、時間も有り余るほどあるので朝の名古屋の空気感を楽しむことに。
新緑に溢れる久屋大通を離れ、一本西側を通る大津通りへ。ビルが建ち並ぶオフィス街といった雰囲気の街並みの中、ちらほらと残る古い建物が通りに華を添えます。
そして見えてきた威風堂々たる大きな建物は、昭和13年に完成したという愛知県庁舎。僕が初めて名古屋を訪れたとき、この建物を目にした瞬間の驚きと感動は忘れない。
明らかに名古屋城をイメージしたであろう意匠は、名乗らずとも愛知県の中枢であることを全ての者に知らしめるかのような存在感を放ちます。旅を趣味に持つ僕にとって、地域性や文化の違いを肌に感じることこそが大きな悦び。この建物は、そんな僕の心を一発で射抜いたのです。
その隣には、やはりこれでもかと名古屋感を誇示する建築が。こちらは名古屋市庁舎、お隣県庁舎よりも古い昭和8年築とのこと。お互い競い合うようにして聳える姿に、若い僕は心を震わせました。
あれから8年、三十も後半になった今見ても心の琴線に触れるこの眺め。東京多摩で育った僕にとって、あまりに新鮮なこの感性。誤解を恐れず敢えて言いますが、名古屋って、名古屋だから、名古屋なんだよなぁ。という言葉にできない名古屋感をひしひしと感じるのです。
久しぶりに訪れた、名古屋の街。これだから旅はやめられない。5時過ぎに到着してから包まれるめくるめく名古屋の雰囲気に、早くもこの旅の成功を確信するのでした。
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