窓から漏れる清々しい朝日に起こされる、気持ちの良い目覚め。カーテンを開ければ、これぞ高原!と声高に言いたくなるほどの、爽やかな朝の光に満ち溢れています。
昨日までの雨が嘘のように、明るい朝日に包まれる乗鞍高原。清涼な高原の空気を吸いながらの朝風呂は、ここに泊まった者だけに許される、決して都会では手に入れることのできない贅沢。
温泉と高原の空気を体いっぱいに浴び、お腹が空いたところで朝食へ。わらびのお浸しやたらの芽の胡麻和えといった山菜や、枝豆豆腐、あじの開き、海苔などの和の献立が並びます。
こんろの上の陶板には、白菜やかぶの漬物を焼いて食べる漬物ステーキが。飛騨のものとは違い、こちらは卵とじは無し。その分漬物の味がシンプルに伝わり、漬物に火を通すという調理法の効果を今一度実感する美味しさ。
以前に立ち寄り湯で訪れた際に味わったお湯に再会したく宿泊を決めた、山水館信濃。所謂山の宿、といった佇まいのため、本当に失礼ながらお湯だけ期待してきました。
その期待は嬉しい方に裏切られ、美味しい料理といいお湯を体いっぱい胸いっぱいに満喫。今回の旅は本当に食べ物のハズレが無い。ここのお宿もそうであったことは、言うまでもありません。
よし、次はここに泊まって上高地のリベンジだ!!昨日とは打って変わって抜けるような青空に聳える山々に、僕の想いをぶつけます。
バス停の目の前に広がる、白樺の林。頬を撫でる高原の風は、木々の葉を揺らしながら林の中を駆け抜け、まるでその姿が見えるかのよう。今日は、本当に気持ちが良い。高原に来て良かった。掛け値なしに、心からそう思える爽やかさ。
バス停で心地よく待つことしばし、バスが到着。今日も『アルピコ交通』にお世話になります。
乗車して運転士さんに新島々までと告げると、「松本までですか?」と聞き返されました。そうだと答えると、松本までのバス・電車の連絡乗車券を発券してくれました。どうやら、通しで買うと割引になるらしく、それをバス車内で買えるとは思っていなかったので嬉しい驚き。
このバスも、昨日乗り換えた親子滝バス停で上高地行きのバスと連絡。やはり無線で乗り換え客の連絡を取り合っていました。バス同士の連絡や、バスと電車の連絡など、さすがはこのエリアの電車、バスを一手に担うアルピコ交通。地方の電車・バスを使ってこんなに便利さを実感したのは初めてのことです。
バスは急峻な梓川の谷に沿ってくねくねと走り、いくつもの古く狭いトンネルを抜けてゆきます。途中には梓川をせき止める奈川渡ダムによってできた大きな湖眺めも。その奥には、白さを纏った山がちらりと見え隠れ。
そんな美しい車窓を眺めること約50分、新島々バスターミナルに到着。ここは言わば上高地の玄関口。みんなここで電車とバスを乗り継ぎます。
バスターミナルと一体となった新島々駅より、アルピコ交通上高地線に乗り換え。と言っても、アルピコ交通線と名乗るようになったのは最近のこと。僕にとっては未だ松本電気鉄道の方がしっくりきます。地元の人もそのようで、社名変更後も旧社名の松本電鉄が併用されています。
アルピコ交通という社名もさることながら、このド派手で奇抜な無茶苦茶な電車・・・。小さい頃からの僕の想い出の電車なんですけど。今のマンションに引っ越してからは、通勤で使い苦楽を共にした電車なんですけど。
と、写真で見た時は半ば飽きれと怒りさえ覚えていました。が、生で見てみると悪くないんですよ、これが。あの井の頭線の車両の雰囲気は残しつつ、思いっきり第2の人生を謳歌しているような活き活きとした感じさえ伝わってくるよう。
地方私鉄に譲渡されると、目も当てられないほど残念な状態になってしまう車両がある中で、この井の頭線は、ここ上高地で今なお元気に余生を送っています。
ついこの前まで、近所を元気に走り抜けていた京王3000系。あっという間に数が減り、気が付けば完全に引退してしまいました。
18m3ドア車特有のちょっと長いロングシート。バネのきいたその座席に腰掛けて田んぼ型の窓を眺めれば、様々な記憶が蘇ります。
小さい頃は殆ど電車に乗る機会の無かった僕。たまに渋谷へ行くために井の頭線に乗った時は、何故か雨の日が多かった。
車両に付いた京王のバンザイマークや、スピーカーのレトロなK.T.Rが脳裏に浮かぶ。そういえば、昔は急行と書かれた丸い板が先頭に掲げられていたっけ。
大人になって沿線に引っ越してからは、春は井の頭公園や高井戸の桜並木、梅雨時には東松原のあじさいと、通勤の合間のちょっとした癒しを与えてくれた。
快適な「普通の」電車である今の井の頭線。一般のお客さんにはもちろん歓迎されることでしょうが、僕にとっては3000系のいない井の頭線はただの通勤路線。
短い電車がごとごと走る、都会を結ぶ小さな路線。7つの色を纏ったこの小さな3000系には、僕の小さな頃の武蔵野の匂いが残っていた。
どことなく長閑で、生活感が匂ってくるようで。沿線の雰囲気も含め、井の頭線の「都会のエアポケット」のような独特な雰囲気が好きだった。
今の家に引っ越して、もうすぐ9年。中央線ブランドに喰われて面影を失った実家周辺に次いで、長閑だった井の頭沿線にも大型マンションばかりが建つように。渋谷もこれから変わりそうだし、僕の好きだった故郷、あの頃の東京はもう二度と戻ってはこない。
実は地方に譲渡された3000系に乗るのはこれが初めて。余りにも懐かしい再会に、幼い頃から今までの記憶が感傷を伴い溢れ出るのを抑えることができません。
それでも、窓の外を眺めれば、抜けるような青空と遠くに続くアルプスの山々。こうやって好きだった車両が元気で走ってくれる。こんなに清々しく長閑な風景の中、もうぎゅうぎゅうのお客さんを乗せることもなくのんびり走ることができる。
それでいいじゃないか。生活の一部だったこの車両の余生を垣間見ることができ、切なくもあり、嬉しくもあり、複雑な思いに胸がちょっとだけ痛むのでした。
爽快な景色の中のんびり走る3000系に揺られ、松本駅に到着。松本電鉄の到着するホームをそのまま進めば、これから乗り換える大糸線のホームと繋がっています。
と、ここで大糸線に乗る前にお昼タイム。旅行中は結構食べてばかりなので、ちょっと軽めのお昼にします。というより、ホームに佇む昔懐かしい「立ち食いそば」のお店を見つけたので、どうしても食べたくなってしまったのです。
店構えは、本当に絵に描いたような駅蕎麦。線路に背を向けて、立ったままでそばを啜るあのタイプ。東京近郊ではJR東日本系列のお店ばかりになり、もう見ることも無くなってしまいました。
折角なので店構えを撮りたかったのですが、お昼時ということもあり、お客さんが引く気配はゼロ。仕方なく諦め、残り少なくなった乗り換え時間でそばを頂きます。
こちらでは麺が2種類から選べ、少々ゆで時間のかかる高い方(名前忘れました。)の麺で山菜そばを注文。時間がかかるとはいってもそこは駅そば、程なくしてできあがり。
たっぷりの山菜と温玉、黒めのつゆの下には太めの黒いそば。見た目はちょっともっさりしてそうだなぁ、なんて思いましたが、食べてみると駅そばにしては随分本格的な味。
太めながらつるつる感とコシが感じられ、だしも見た目ほど濃くなく丁度よい。そして、何より安い。さすがはそばの本場、信州の駅そば。クオリティーの高さに大満足。そしてやっぱり、ホームで食べるというロケーションそのものが、一番の薬味です。
美味しい駅そばを楽しみ、その足で大糸線に乗り込みます。ホームでの駅そば、久しぶりだなぁ。鉄道の旅はこうでなくっちゃ。
この旅も、残すところあと2日。最後にしてこの旅一番の秘湯を目指し、浮かれ気分で大糸線に揺られるのでした。
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