初めての上高地。その雄大な景色に大いに感動し、今宵の宿を目指します。ここからは濃飛バスから『アルピコ交通』のバスへとバトンタッチ。バスターミナルでスキー場前までの通しの乗車券を買い、便を指定して乗車整理券をもらいます。
この整理券をもらわないと、上高地から帰るバスには乗れません。それほど乗客の多い人気の観光地ということなのでしょう。
途中、親子滝バス停で乗鞍高原方面のバスに乗り換え。このあたりの電車、バス、タクシーと言った交通の一手を引き受けているアルピコ交通だけあり、バス同士無線で乗り換え客の有無をしっかりとやり取りし、乗り間違えなどが無いようにしてくれます。
上高地から約1時間、今宵の宿のある乗鞍高原に到着。スキー場前のバス停の名の通り、目の前には乗鞍高原スキー場が広がっています。そう言えば、最近全く滑ってないなぁ。無性にスキーがしたくなってしまいました。
バス停から宿までは10分程度の道のり。新緑に映える白い幹が印象的な白樺の林を眺めつつ、気持ちの良い高原の空気を思いっきり吸い込みます。そう言えば、朝から降り続いていた雨もいつの間にか上がっています。
雨上がりの高原の雰囲気を楽しみつつ歩くことしばし、今宵の宿『山水館信濃』に到着。こちらは以前会社の仲間と白骨温泉に泊まった際に、立ち寄り湯として訪れたことのあるお宿。その時の真っ白な温泉をもう一度味わいたく、宿泊を決めました。
チェックインして早速浴衣に着替えます。今回のお部屋はリニューアルしたてのお部屋。青い畳の香りが高原の空気に乗って清々しく香ってきます。
そしていよいよ思い出の温泉とのご対面。少しだけ青み掛かった真っ白いお湯が惜しげもなく掛け流されています。
こちらのお湯は乗鞍岳の中腹から自然湧出している乗鞍高原温泉。見た目の通りの単純硫黄温泉、日本人が温泉!といって思い出すあの香りが思いっきり楽しめます。
浴感はとても柔らかく、肌への刺激は全くありません。細かい湯の花が無数に漂う絹のようなお湯に静かに浸かれば、温泉好きで良かったと心から思える幸福感に包まれます。
こちらの宿は2つの温泉が楽しめるのもいいところ。内湯のこれぞ温泉、という硫黄泉の他に、露天には無色透明のわさび沢温泉が引かれています。
こちらはカルシウム・マグネシウム-炭酸水素塩冷鉱泉。クセの無い肌触りの良いまろやかなお湯で、高原の空気に包まれながらじっくりと長湯を楽しめます。
この旅初の硫黄泉にご満悦。体中に硫化水素の香りを纏わせ、幸せに浸りながらの湯上がりの一杯。窓の外には高原気分を一層高めてくれる白樺の林。溢れんばかりの若々しい緑を眺めつつの一杯は、筆舌に尽くしがたいほどの極上のひととき。
本とお湯を愉しみつつ過ごし、お待ちかねの夕食の時間に。いろりの炭火では岩魚が焼かれ、鴨鍋もスタンバイ。
パチパチはぜる火を眺めつつ、夕餉を始めるとします。山の宿ならでは、楽しみにしていた山菜たち。こごみのお浸しやこんにゃくの酢のものをつまみにちびちび始めます。
美味しい料理に合わせるのは、やっぱり信州の地酒。白骨温泉に泊まった際に先輩に教えてもらい出会った大雪渓をチョイス。このお酒、本当に美味しいんだよなぁ。すっきり飲みやすく、料理の味も邪魔しない。長野のお酒、大好き。
こちらは信州サーモンのお造り。信州名物のサーモンは脂が載り、大雪渓が進んでしまうこと請け合いの旨さ。産地ならではの新鮮な身の張りが堪りません。
続いては揚げたて熱々、山菜の天ぷら。たらの芽、こしあぶら、山うどと僕の好物が並びます。さくっとひと噛みすれば、口に広がる山の香り。特に山うどが香りがよく、深呼吸して余すことなく吸い込んでしまいたいほど。
お次は練り上げたてのそばがき。ねっとり、もっちり、まったりとしたそばがきは、口へ入れるとほどけるような食感。とろみが付けられたそばつゆがまた良く合い、そば切りとは全く違ったそばの美味しさが味わえる一品。もちろん、大雪渓をグイッと合わせちゃいます。
続いては山うどとこんにゃく、しいたけの煮物。おだしがしっかりきいており、上品な美味しさ。こんにゃくは僕の好きな弾力のあるしっかりした食感。しいたけは肉厚でしっかりとだしを吸い、そして山うどはやっぱり風味豊か。天ぷらとは違うほろっとした食感と、心地よい苦みが広がります。
お気に入りの大雪渓を片手に楽しむ美味。岩魚の塩焼きも炭火ならでは美味しさで、鴨鍋も丁度よい濃さのだしに鴨の旨味が染みだし美味。
もうここまでで充分お腹一杯。とそこへ最後の〆として出てきた信州そば。旅館のあのそばのイメージを持って食べましたが、いい意味でそれを裏切る「ちゃんとした」そば。お酒を飲んだ後には一番嬉しい〆のひと品です。
最後のデザートは信州らしくりんごのコンポート。りんごの風味を損なわない丁度よい甘さで、食感もしっかり残した一品。
こちらのお料理もそれぞれ美味しいものばかり。今回の旅は食に恵まれ続けているなぁ、としみじみ感じてしまいます。熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、タイミングを見計らってひとつずつ美味しい状態で出してくれるのも嬉しいところ。
正直、本当に失礼ながら外観からして山の宿という趣だったので、食事に関してはそれほど期待していませんでした。が、それを大きく裏切ってくれる満足な味と内容。乗鞍を訪れるならまたここへ泊まりたい。そう思える美味しい味覚を存分に満喫しました。
信州の恵みをお腹一杯楽しみ、部屋へと戻ります。敷かれた布団でごろごろとお腹を落ち着け、夜のお楽しみタイムに。まずは松本の亀田屋酒造店が造る秀峰アルプス正宗純米吟醸中汲みを。
さすがはアルプスを冠するだけあり、そのイメージぴったりの水の旨さを感じさせるお酒。信州はやっぱり水がいいのでしょう、すっきりとしながら米の旨味がしっかりと感じられます。
旅館のお茶請けは甘いお菓子がほとんどですが、こちらは青唐みそきゅうりが置かれていました。アルプス正宗のお供にぴったり。味噌の美味しい信州ならではの嬉しいおもてなしです。
いつもならもう一本日本酒を、といくところですが、今回は珍しくりんご酒を。同じく亀田酒造店が造る、清酒をベースとしたりんご酒です。
ビンを手に取り蓋を開けると、途端に香る瑞々しいりんごの香り。りんごそのものの香りを楽しみつつひと口含むと、口から鼻へとりんごの風味が抜けてゆきます。
甘ったるさは全くなく、清酒のすっきりさの中にりんごの香りと心地よい渋味が絶妙に活かされています。これなら日本酒党でも納得の旨さ。何となく惹かれて買ったものが当たりだった時の嬉しさはひとしおです。
金沢から始まり、飛騨を通ってきたこの旅も終盤へ。最後の目的地信州へ来たことを感じさせる味覚たち。高原の静かな夜、闇の中に浮かぶ白いにごり湯に身を沈めれば、これまでの旅の思い出が頭を駆け巡ります。
こんな愛おしい夜も残すところあと二晩。これまで今自分がやりたいこと、見たいものばかりを結んできたこの旅。今回のルート取りも我ながらあっぱれだった。得も言われぬ満足感を、硫黄の香りと共に思いっきり胸に感じるのでした。
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