合掌造りの内部を見るという貴重な体験を味わい、再び集落内をのんびり歩きます。歩くごとに様々な表情を見せる合掌造り集落。一歩一歩進むたびに歩みを止め、記憶とカメラにその光景を焼き付けたくなるほど。
あちらこちらに並ぶ茅葺屋根と、その姿を映す田植え前の水田。背後に控える雪山が借景となり、まるで自分が実物大の箱庭の中に迷い込んだかのような不思議な感覚に襲われます。
箱庭とは唯一違う点、それは人々の暮らしがここにあるということ。初めて見る光景で、自分の住む街とはかけ離れた環境であるのに、どこか懐かしさ、郷愁を感じさせる。
日本のふるさとにはそんな力があるからこそ、箱庭やジオラマという形で再現されるのでしょう。白川郷はまさにそんなふるさとそのものの姿。いつまでも、この箱庭の中で彷徨っていたい。そんなことすら思ってしまいます。
午前中ののんびりした空気が流れるなか散歩を楽しみ、白川郷での最後のポイント、白川八幡神社にお参りすることに。千年以上前からここに建ち、白川郷を見守ってきた歴史が、その佇まいから伝わってきます。
八幡様に白川郷へ来られたことのお礼をし、隣にある『どぶろく祭りの館』へ。中には獅子舞や人形などの展示品により、どぶろく祭りの模様が再現されています。
まずはどぶろくづくりと白川郷、そしてお祭りの様子を映したビデオを鑑賞し、きらびやかな展示品を眺めます。そして、見終わったら受付へ。どぶろく祭りのために仕込まれた本当のどぶろくを、盃一杯味わわせていただけます。
赤い盃にとろとろと注がれる純白のどぶろく。一番寒い大寒に仕込むことで、米と麹、湧水だけでも腐敗せずどぶろくを作ることができるそう。
どぶろく祭りが行われるのは10月。暑い盛りを越えても腐らず美味しいどぶろくに仕上げるには、寒い時期の仕込から完成まで、様々な手間と苦労が掛けられているに違いありません。
ビデオで見た仕込みの大変さと、神社の方から伺うどぶろくやお祭りについてのお話に、頂くこちらも背筋が伸びるよう。「商品」ではない初めてのどぶろくをひと口含むと、初体験の濃厚さと優しい甘さ。
その年により味も度数も変わるそうですが、頂いたものは普通の日本酒程度、15度くらいとのこと。それなのに全くアルコール臭がしない。口当たりの良い、ふわっと広がる甘さに心まで蕩けてしまいそう。
カルピスやヨーグルトと形容されがちなどぶろくですが、このどぶろくはそんな刺激は皆無で、まさに初体験の味。強いて言えば、「甘酸っぱくて美味しいお粥」を飲んでいるよう。
このどぶろくは神社の創建された頃、1300年以上前から祭礼に用いられていたそう。「酒」とは全く印象のことなるどぶろくは、お米を大切にしてきた日本人の想いの顕れなのかもしれません。
でも、そこはやっぱりお酒。この日は神社の方とお話をしながら3杯も頂いてしまいましたが、神社を出る頃にはしっかりほろ酔い気分。本当に美味しいお酒ほど、怖いものはありません。
10月に行われるどぶろく祭りは、五穀豊穣、家内安全や平和を祈るお祭り。神社の境内では獅子舞や民謡などの神事が執り行われ、それを見る人々にお神酒としてどぶろくが振る舞われます。お酒が飲める人で神社の盃さえ持っていれば飲み放題、どんどん注いでくれるそう。
なんて夢のようなお祭りなんでしょう。あぁ、行ってみたい♪でも、飲みすぎ厳禁。昨晩宿のご主人が話していました。どぶろく祭りの時は色々と伝説があると。
あるときには、お祭りから帰ってきたお客さんが、宿の玄関で片方だけブーツを脱いで倒れるように寝ていたそうです。怖い怖い♪僕もやっちゃいかねません。
本当ならば立ち寄るだけのはずだった白川郷。泊まったことで思う存分、合掌造り集落を感じ、味わうことができました。展望台からの全景が、宿のご主人のお話が、暮れゆく空にともる灯りが、全てが心に焼き付いて離れません。
たった一泊しただけでも味わえた様々な表情。雪に閉ざされる冬、桜咲く鮮やかな春、蝉の声が響く暑い夏、そして紅葉とどぶろくを楽しめる秋。四季それぞれ、折に触れて訪れてみたい。初の白川郷にして、早速宿題を残してしまったような名残惜しさを感じます。
ふるさとを具現化したような濃厚な集落をあとにし、荘川を渡って別れを告げます。本当にありがとうございました。心の中で、何度もそうつぶやきます。
吊り橋を渡り切り、せせらぎ駐車場へ。バスを待つ間にお昼を食べようと、立派な合掌造りの『そば道場』にお邪魔します。こちらは合掌造り民家園の施設のひとつですが、入場料なしで食事だけの利用ができます。
こちらのメニューは、ざるそばとかけそばのみといたってシンプル。他にレジ横のケースに山菜、山芋、なめこなどのトッピングがあり、好みのものを追加するというもの。
窓からそよぐ爽やかな風に吹かれ待っていると、注文したかけそばが到着。かけそばといっても、こちらは冷たい麺と冷たいつゆの、冷たいかけそば。温かいそばは基本的にはやっていないようです。
しっかりとした見た目の太めのそばをひと口啜ると、期待通りのコシの強さ。田舎のそばらしい色をした麺からは、しっかりとそばの風味が広がります。
だしもそばの味を邪魔せず、それでいて太めの麺にしっかり絡む丁度よい濃さ。ねぎ、花がつお、かまぼこのシンプルな具が、そばの美味しさをしっかり引き立ててくれます。
美味しさも食べ応えも大満足のおそばを平らげ、いよいよ白川郷を去る時が。最後の最後まで愉しませてくれた白川郷にもう一度感謝し、『濃飛バス』へと乗り込みます。
世界遺産とか、癒しとか、パワースポットとか。僕はそんな言葉は好き好んで遣うことはありませんが、やはり世界遺産に登録される場所には、人を惹きつける強い何かが宿っているのでしょう。数少ないながらこれまで訪れた世界遺産それぞれが、僕にとって忘れられない場所として心に残り続けています。
世界遺産だから凄いんだ。では無くて、貴重でかけがえのない財産だから世界遺産に選ばれるんだ。僕はそう思える心を忘れずに居たい。今一度そのことを教えてくれる白川郷に別れを告げ、一路飛騨路を先へと進むのでした。
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