古い街並みのある側から跨線橋で高山本線を渡り、今宵の宿を目指します。今回お邪魔するのは、駅から徒歩5分程度にある旅館清兵衛。美味しい飛騨牛が食べられるという、純和風の旅館です。
早速荷物を降ろし、お風呂で汗を流して一段落。いつもならここで夕食の時間となるところですが、今回は一泊朝食付きプラン。でもそこは折角飛騨牛が美味しいというお宿、もちろん翌日の朝食をちょっとだけ奮発してしまいます。
今回何故一泊朝食付きにしたかといえば、もちろん飛騨の酒を飛騨の肴で楽しみたいから。大人になって初めて泊まる飛騨地方。やはり夜の酒場は外せません。
ということで、今宵お世話になることにしたのは、『飛騨の味 酒菜』。パッと見はカウンターだけの小さなお店に見えますが、隣の入口から入るとテーブル席があるという、ちょっと不思議な造りのお店。
店内に入るとずらりと並ぶ飛騨の味、そして飛騨の酒。どうしよう、どうしようと嬉しい悩みに迷いながらまず注文したのは、煮いか。
いかの煮付けは一般的な食べ方ですが、飛騨で食べられている煮いかは味付けせずに茹でただけのもの。その昔、海で獲れたいかをその場で茹で、飛騨まで運んで来ていたのでしょう。さすがは海の無い飛騨ならでは。
食べ方も至ってシンプル、煮いかにねぎ、みょうが、しょうがを載せて自分好みにしょう油を掛けるだけ。ある程度味の想像が付くな、と思いつつひと口食べると、驚いたのはその食感。
煮たいかがこんなにみずみずしく、プリプリと心地よく感じたのは初めてのこと。まさに絶妙な茹で加減。水だこもそうですが、茹で方ひとつで劇的に美味しくなるんですね。いやぁ、のっけから加速度的にお酒が進んでしまう・・・。
続いては、絶対に頼むと決めていた漬物ステーキ。これ食べたさに高山泊を決めたと言っても過言ではないほど楽しみにしていた一品。運ばれてくると、ジュ~~という心地よい音と共に良い香りが立ち上ります。
数年前にテレビで見て以来、ずっと食べてみたかった憧れの漬物ステーキ。香ばしい香りに誘われ口へと運べば、火が通り程よく柔らかくなった白菜漬けから旨味がしみじみと広がります。
たっぷり添えられた海苔、かつお節、紅生姜がお馴染みの風味を演出しますが、それでも際立つ漬物の旨味。それらをうまくまとめる卵。この組み合わせを考えた人は天才です、間違いなく。
全て知っている食材なのに、出来上がりは初めての美味しさに進化。いやぁ、高山に来た甲斐があった。漬物をつまみに酒を飲むのが好きな僕にとって、まさに夢のようなおつまみです。
そして飛騨と言えば、の朴葉味噌。今回は山菜入りを注文してみました。こしあぶらやこごみ、名前を聞いたけど忘れた初めて食べる葉っぱなどの具材がたっぷり載っています。
火をつけてもらい、味噌が焼けるまでじっくり待ちます。久寿玉、天領、蓬莱・・・。煮いかや漬物ステーキの残りをつまみながら楽しむ地酒を、より美味しくしてくれるこの瞬間。朴葉味噌をかまいながら飲む酒は、飛騨での夜を一層濃厚に感じさせてくれる至福の味。
待つ時間を楽しませてくれた朴葉味噌が出来上がり、あつあつのところをパクッと。独特な香りと食感が楽しい山菜に濃いめの味噌が絡まり、酒のアテに最高のひと品。適度に焦げた部分をつついて香ばしさを楽しむのもまた一興。
小さい頃に食べて、その美味しさが記憶に焼き付いていた朴葉味噌。今朝も白川郷で美味しい朴葉味噌を食べましたが、お酒に合わせるのは初めてのこと。ご飯もいいけど、やっぱり地酒かなぁ。朝食に出ることの多い朴葉味噌ですが、日本酒党には堪らない肴だということを強く思い知らされます。
他にもいろいろと旨そうなおつまみが多すぎて、放っておけばいつまでも飲んでしまいそうな危ない夜。でも、ふと我に返りここでストップ。明日は高山を離れてしまう。その前にまだ食べておかなければならないものが、ひとつあるのです。
色々と取り揃えられた飛騨の酒、そして美味しい飛騨の味で酔わせてくれたお店を後にし、夢見心地で歩きます。跨線橋から眺める、雨に濡れる高山駅構内。架線が無く、線路だけが幾条も鈍く光る姿は、夜の停車場の空気を色濃く感じさせます。
跨線橋を渡り終えたすぐ先、食べておかなければならないあれのお店があったので入ってみることに。高山ラーメンの『飛騨天狗』へとお邪魔します。
高山中華そばを注文して待つことしばし、見るからにいかにも中華そば、という見た目のラーメンが登場。
初めての高山ラーメンに期待しつつスープをひと口。え?あれ?ん?美味しい、んだけど、違和感ある・・・。これまで幾度となく食べ慣れたしょう油ラーメンとは全く別の食べ物を食べているみたい。強いて例えるならば、煮物のつゆっぽい。
それもそのはず、疑問を抱えたまま宿に帰り携帯で調べてみると、高山ラーメンは所謂「スープ」と「しょう油だれ」が別れていないそう。寸胴でスープを取る具材と調味料を一緒に煮込んで味付けスープを作るようです。
これまでしょう油だれをスープで割った「しょう油臭い」しょう油ラーメンに慣れ親しんだ僕にとってはかなり衝撃的な味。
いつも感じるはずのしょう油の風味が来ない物足りなさに違和感を覚えつつ、ひと口、またひと口と食べ進めていくと、段々とそのじんわり、しみじみとした美味しさが体の芯に伝わるような感覚に襲われます。結論から言えば美味しい、でも初めてだとびっくり、それが僕の初高山ラーメンの印象。
余りの違和感に、さっきのお店が独特なのでは?と思ってしまい、宿の近所にあるもう一軒のお店、『甚五郎』にも行ってみることに。
高山ラーメンは量がちょっと少な目なのも特徴のひとつだそう。にしても、飲んだ後のラーメンのはしごなんて・・・。ダメおやじへまっしぐら(涙)
もう興味津々で待っていると、注文した甚五郎ラーメンが運ばれてきました。こちらは先ほどの飛騨天狗よりも見た目からして濃いめ。
早速スープを飲んでみると、やっぱり濃いめのしょう油味。でも、知っているしょう油ラーメンとは全く違うんだなぁ。製法を知れば納得、調味料を入れて煮込むことでしょう油の角がすっかり取れて丸くなるのでしょう。
高山ラーメンの麺は細めの縮れ麺。小麦を感じるしっかりとした麺で、中華そばと呼ぶにふさわしい、懐かしさを感じる麺。その麺がスープをしっかり絡め取り、結局最後まで美味しく平らげてしまいました。
しょう油の味がするのにしょう油臭くない。これまで食べたしょう油ラーメンとは一線を画す高山ラーメン。見た目は普通なのに、とても個性的。
最初はあれ?と違和感を覚えましたが、2杯食べ終わる頃には、じわじわと旨さが伝わってくるような独特の魅力にすっかりはまってしまっているのでした。
さすがに〆のラーメン×2で、お腹はもう一杯いっぱい。浴衣に着替えて一段落、お腹を落ち着けてから寝る前の晩酌タイムを楽しむことに。
今夜のお供は、古い街並みで出会った深山菊の原酒。蔵の方が僕の好みを聞き、食後の酒ならばと勧めてくれたもの。純米ではありませんが、ちょっと試飲させていただいた時の感触がとても良かったので、迷わずコップ酒を購入しました。
さすがは原酒、20度近くあります。が、飲んだ時の印象はもっと優しいもの。でもその油断が危ない。ゆっくり、ちびちび含むようにしながら、長い時間を掛けて一合を楽しみます。
飛騨の郷土の味と酒に酔いしれた高山の夜。泊まって良かった。原酒が喉に広がるのと一緒に、その幸せも心の奥底まで染み渡ってゆくのでした。
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