いよいよこの旅、本当に最後の目的地、松本城へ。
中央線沿線で生まれ育った僕。最寄の三鷹駅のホームを颯爽と通過する、白地に赤と緑が輝くあずさ号。小さい頃、そんなあずさを見るのが本当に好きでした。
三鷹に停まるのは、国鉄色で中もボロボロのかいじ号。甲府は車で近くまで行っていたし、ピカピカなあずさの掲げていた松本の2文字は、子供の僕にとっては本当に遠い、遠い場所に思えて仕方ありませんでした。まさに、未知の場所。
そんな松本、いや、あずさにどうしても憧れ、小学生の僕はおねだりして松本に連れて行ってもらいました。もちろん、始発の新宿から、あのグレードアップあずさで。
そして初めて訪れた松本で出会ったのが、この松本城。その時の雄姿がどうしても忘れられず、大人になったら絶対に!と思い続けて幾年月。ようやく、その瞬間がやってきました。
この日は休日。多くの人々で賑わう中、気持ち躍らせつつ門をくぐります。門を彩る立派な金具、板壁を彩る黒漆と、経た時の滲むような漆喰の色合いとの対比。天守と対面する前から、期待で胸が膨らみます。
初めて出会ってから20年以上。ついに再会の時が。あの頃より体は大きくなったはずなのに、依然として高く聳え、その威厳は当時以上にも感じられる。子供の頃の記憶がデフォルメされていることはよくあることですが、僕の受けた松本城の力強さは真実のものであったようです。
黒の中に鈍く光る白壁。時の流れと風雪が刻んだ渋味が、白を一層深い色合いにする。かっこいい、ただ、そのひと言。
そしていよいよ、現存十二天守のうちのひとつ、松本城天守閣内部へ。
ふもとから見上げるこの角度。僕がお城を見る角度で一番好きなアングルのひとつ。更に今日は、お天道様さえ味方し、まさに後光が差しているかのような荘厳さに圧倒されてしまいそう。
中へと入れば、そこも黒光りする、時間の止まったような空間が広がります。
僕は本当に歴史が苦手。何故そこは親の血を受け継がなかったのか本当に不思議なのですが、全く覚えられないのです。それでも、何故僕はお城が好きなのか。あまり考えたことがありませんでしたが、今気付きました。建築物として好きだから。
電車をはじめとする乗り物や、家電、そして建物まで、形あるもののカタチについて興味がある僕。そしてその形に理由や意味、歴史など、人の想いが感じられないと嫌な僕。昔からそういうことを考えていました。
これまで、いくつか現存天守閣の中へと入りましたが、その時のワクワク感、テンションの上がりようと言ったら堪りません。
戦国時代と同じ空間に、今まさに自分がいる。この急な階段を、当時小柄であっただろう日本人が駆け上がったのかもしれない。
この窓から、攻めてくる敵を監視していたのかもしれない。そんなことを考え、体感するだけで、お城の持つ外部、内部の形が一気に身近に感じられる。だからこそ、当時のままのお城が好きなのでしょう。
コンクリの階段では無く、武士も登ったであろう急な階段を上り詰めて眺める松本平。
戦国時代からあり続ける天守閣からの眺めは、街並みは変われど、縁を形づくる山々は不変なはず。悠久のときを思うと、その眺めは一層味わい深いものとなります。
そして初めて見た、天守閣頂点の屋根裏。このようにして、木々を組み合わせて大屋根を支えているのです。この大きな城が木造で出来ている。そのことを強く実感させる眺め。
こんなに大勢の人が登って平気なのかと思うほどの観光客を載せても、ビクともしない築四百余年。そのパワーを景色と共に思い切り胸に吸い込み、下城することとします。
この日は結構な混雑。落ち着いて写真を撮れないのがちょっと寂しいのですが、この賑わいこそが松本城を維持する原動力だと思うと、人々に愛されることこそがこのお城にとって一番のこと。
暗くて急な階段を下りると一転、光あふれる開放的な場所へと出ます。こちらは月見櫓、その名の通り、月見の宴が行われたという場所。
天井は船底を模したような造りになっており、周囲には赤い欄干が。先程までの戦国時代を感じさせる要塞のような雰囲気と、月を愛で宴を繰り広げる日本人ならではの美意識。その2つを併せ持つ何とも不思議なお城。
月見櫓から外を見れば、瑞々しい緑と、遠くの青く霞む山々。きっとここからの月は、格別の眺めであることでしょう。
この月見櫓は、お城本体とは違い江戸時代に造られたものだそう。戦乱の世を潜り抜けた城郭と、太平の世に造られた月見櫓。長い時代を生き抜いたお城だからこそ併せ持つ美しさ。
今もなお生き続けるお城。その心臓部を垣間見て、感動しきりに振り返る松本城。このお城は、見る角度によって姿を本当に良く変える。だからこそ、何度も振り返り、また観てしまう。
城外へと出る前に、もう一度ぐるりと一周。青い芝生に彩りを添えるつつじ越しに見る松本城は、凛々しくもあり、穏やかでもあり、優しくもあり。黒い鎧に隠されたこのお城の表情は、受け取る者それぞれ、きっと感じ方が違うことでしょう。
20年以上振りの、松本城との再会。その雄姿は、当時のものを遥かに超える感動を、僕に与えてくれました。
バスの時間まで残すところあと少し。お堀越しにお城を眺めつつ、松本の街を散策します。
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